新薬開発の四方山話 (6):ストレス状態が続くと脳の機能にとって良いのか、それとも悪いのか?

四方山話①で、皮膚疾患の一つである乾癬治療剤を患者に投与すると、自殺企図率が上昇するというお話をしました。これが原因で本剤の開発が中止されましたね。覚えていらっしゃいますか?「自殺を企図する」という機能は脳に宿る訳ですから、一見脳とは関係のない乾癬治療剤ですら、脳の機能に影響を及ぼしていることを意味しますね。そこで、今回も脳の機能に甚大な影響を及ぼしている「脳以外の臓器」について触れたいと思います。この仲買人が「ストレス」です。ご熟読下さい。

ルネ・デカルト以来、二元論的ドグマは「理性が自然を支配する」という立場を採用し、種々の強いストレスを数多くのヒトに与えました。このドグマに則る限り、高度文明化した社会に順応することそれ自体がストレスの原因にもなろうというものですね。しかしながら、レーチェル・カーソンの「沈黙の春」などの名著もありますが、近年になって「自然と共存する」という「共生(symbiosis)」との考え方が芽生えだしました。「自然に対する癒し」ですね。

ところで、ストレスを感じるのは自分として、自分の体のどの臓器がストレスに応答していると思いますか?答えは「副腎」です。「副腎」は左右両方の腎臓のうえに一個ずつある5gほどの臓器ですが、この臓器から発せられる信号が、血液を介して恒常的に脳に送られ、脳の機能を制御しています:「外因性ストレス→副腎皮質(コーチコステロイド)→視床下部(CRF)→脳下垂体(ACTH)→副腎皮質」(括弧内は介在する生体内物質; 視床下部と脳下垂体は脳内; CRF、 副腎皮質刺激ホルモン放出因子; ACTH、 副腎皮質刺激ホルモン)。(医学用語でこのループを「視床下部/脳下垂体/副腎皮質連関(HPA axis)」と言う)。このループが一回りしますと、副腎皮質から脳への情報は、このループを止めようと動き出し、CRFやACTHの分泌を抑えるようになります。つまり、生体へのストレス反応を抑え込もうと動き出す訳ですね。このようにして、私たちの体は「恒常性(homeostasis)」を維持しています。

ところが何らかの原因で、この抑制機構が働かなると、脳は常にコーチコステロイドに暴露されてしまい「アルツハイマー病(AD)」のような神経疾患が発症します。以前、四方山話でもお話ししましたが、ADに特徴的な脳内アミロイドβプロテインの蓄積やタウプロテインのリン酸化などが進行していきます。では、このような場合にはAD患者に対して、一体どのような治療を施せば良いのでしょうか?

答えは、この連関で一番上流にある「CRF受容体」の機能を何らかの手段で減弱させれば良い。つまり「CRF受容体拮抗剤」を投与する。事実「CRF受容体拮抗剤R121919投与はマウスADモデルで奏功した」とのことです(ScienceDaily、 16 November 2015)。ストレス状態が続くと脳の機能にとって良いのか、それとも悪いのか?答えは「非常に悪い」でした。じゃ~また。TOBIRAの小出徹でした。

コラム小出(6)-図1

図1 副腎と脳の場所(Wikipediaより抜粋)

コラム小出(6)-図2

図2視床下部/脳下垂体/副腎皮質連関(Wikipediaより抜粋)