新薬開発の四方山話 (8):「若返り」する薬を求めて

司馬遷が編纂した「史記」のなかに「徐福」が登場します。秦の始皇帝は、この人物を瑞穂の国へ派遣したとの故。この「徐福」述べて曰く「唐・天竺に不老長寿の妙薬あり」と。これ果たして本当か?

不老長寿を達成するには、世俗を超越した「仙人(神仙)」になること。このためには「天地万物の根源である永遠の道に合一する」という、老子・荘子の思想を軸とした「タオイズム(Taoism)」を体現し、肉体を構成している「不純な気」を「純粋な気」と完璧に入れ替える。本当に「仙人」になれるのか?

「永遠(とわ)の命」を得たいのは「人間としての性(さが)」である。エジプトのファラオも「永遠(とわ)の命」を得たいがためにピラミッドを建立した。仏陀の仏教、ヤーファウェのユダヤ教、アッラーのイスラム教そしてイエス・キリストのキリスト教、宗教は「人間の限界に対する救い」を希求する手段とも捉えられなくもない。多神教と一神教という大きな隔たりがあるものの。「弱き者。汝の名は人間」。

コラム小出(8)-図1さて人間の最長寿命は、フランス人女性「ジャンヌ・カルマンさん」(図1)の122年164日であった。医学的に考えると、 120~130歳がどうも寿命の限度のようである。この「生き物としての壁」を乗り越えることはできないのか?それとも「若返り」をすることは可能なのであろうか?

この随分「途方もない問い」に答えようと、私は真剣に検索を試みた。最近のNatureやScienceに掲載された論文においてすら、真剣に「若返り」という課題に取り組んでいることが発覚。具体的に言うと、若年性マウスの血液を老化マウスの血管に注入したところ、筋力が回復し、記銘能力も改善、その他全身的な改善が認められたという。そういえば、あの毛沢東(83歳で没)も晩年は江青夫人(77歳で自害)ではなく、若い女性との交渉が多かったという。「若さの源」とはいったい何者なのか?

コラム小出(8)-図2本件に関し、世界的に有名なSalk Institute (La Jolla、 CA、 USA)(図2)で実施された研究をここでご紹介したい。ここの研究者たちは「アルツハイマー病(AD)に限ることなく広義での老化現象」について、彼らなりの作業仮説を打ち立て、多種多様の作用を有する低分子化合物(J147)を自らの手で合成し、老齢マウスに投与した。そして若齢マウス、J147を投与しない老齢マウスとそれぞれ比較検討した。

その結果J147により、老齢マウスの脳エネルギー代謝は改善し、脳内炎症反応も抑制され、脳内酸化型脂質も著名に減ったという。何にもまして驚いたことは、老化現象において特徴的な「脳微小循環系の出血」が、J147を投与したところ顕著に抑制されたという(Aging 7(11): 1-19 (2015))。なお、この出血はADにおいては、悪化の一途を辿る。来年からJ147の臨床試験がスタートするそうだ。

これらの成績は、どのような医学的な意味があるのだろうか?先ず言えることは、「若返り」は可能だということ。つまりJ147は、広義での「抗老化薬(anti-aging agent)」になり得る。たとえ「永遠の命」は得られないにしても。いつもの小出徹でした。じゃ~また、このコラムでお会いしましょう。