新薬開発の四方山話 (15): 「多幸感」を味わっているヒトの脳は「痒く」なっている?

「多幸感」を英語で「euphoria」と言います。「幸せいっぱい」と感じる現象です。反対語が「嫌悪感」(dysphoria)。最近テレビなどで「老人性多幸感(senile euphoria)に冒されているんじゃないか?」と疑ってしまうような著名人が度々登場しますね(おっと失礼!)。TOBIRAの小出徹です。これまでのコラムでは「痛み」を話題にしましたので、「痛み」の対語である「痒み」について真剣に考えてみましょう。

「痒み」は英語で「itch」あるいは「pruritus」と言います。これまでは「痛み」は「痒み」の軽い生命現象と誤解されてきたこと、また純粋な「痒み」を引き起こす方法がなかったなどの経緯があって「痒み」の研究は遅れを取ってしまいました。しかしながら、2009年岡崎生理学研究所の方が純粋な「痒み」をヒトで起こすことに成功し、「痛み」と「痒み」とでは認知する脳の部位が異なることが判明しました。「痒み」を選択的に感じる脳の部位。いきなり脳に入り込むのではなく「痒み」の概要から触れます。

「痒み」の発生する場所により、「痒み」は「末梢性」(脳・脊髄以外)ものと「中枢性」(脳+脊髄)ものとがあります。前者はおもに「ヒスタミン」により引き起こされますが、「サブスタンスP」、 「IL-31(interleukin-31)」や「TSLP」(thymic stromal lymphopoietin、 胸腺間質性リンパ球新生因子)なども「痒み」の原因物質です(ちょっと専門的すぎてスミマセン!)。でも、皆さんは蚊に刺された時にヒスタミンの作用を打ち消す薬「抗ヒスタミン剤」を使いますので「ヒスタミン」については、ご存知ですね?

「中枢性の痒み」は、例えばアトピー性皮膚炎患者で皮疹がないのに「痒み」を感じる。皮膚は「痒くない」のにも関わらず「痒み」だけが残る。何かに集中しているとそれを忘れてしまうような「痒み」のことを意味します。これが「末梢性の痒み」と「中枢性の痒み」の大雑把な分類です。お分かりですか?

視点変えて「痒み」を臨床医学的に分類してみます。アトピーとか蕁麻疹など「皮膚疾患による痒み」、慢性肝障害・慢性腎障害・アレルギーとか透析など「全身性の痒み」、帯状疱疹後などの「神経因性の痒み」そして鎮痛作用や陶酔作用を起こす「ミューオピオイドによる痒み」に分類されます。それぞれの「痒み」によって、介在する生体内物質は異なりますが、ここで触れません。先を急ぎましょう。

人生を「幸福」であると思っているヒト、あるいは「人生の意味を快・不快どちらに思うか?」と質問され「快」であると即答するヒト、将棋盤の目を見るプロ将棋士、そして「中枢性の痒み」を感知する脳の場所、それらはすべて同一であることが最近分かりましました。この脳の部位を「頭頂葉楔前部」(とうちょうようけつぜんぶ)と言います。下図をご覧下さい(この絵は大脳の右半球断面図を示しています)。

コラム小出(15)-図1

この「頭頂葉楔前部」は、実はアルツハイマー病(AD)に罹患すると血流量と代謝率が落ち込みますので、AD初期診断にも用いられています。ひょっとすると、AD患者は「中枢性の痒み」が減って、「人生を不快」だと思い、「人生を不幸」に感じているのかも知れませんね。またヒトが「瞑想」すると「痛み」よりは「痒み」を感じるとのこと。また「幸福感」や「多幸感」は「頭頂葉楔前部」にある「幸せホルモン」と呼称される「セロトニン」で引き起こっているとのことです。人生面白いことが満杯ですね~。