新薬開発の四方山話 (16): 生物時計のリズムが狂いだすと病気になる?

いきなり「生物時計」なんて言われても、何のことやらチンプンカンプンですよね。では「生物時計」の説明から入ります。いつもように先ずは大枠から入り、その後詳細に移りますよ。小出徹です。

「生物時計」(biological clock)とは、本来「生体リズム」を規定する生体内「装置」(apparatus)のことです。では「生物時計」という「装置」に「時を刻ませる」一番の「因子」はなんだと思いますか?「音」、「匂い」、「色」それとも「光」?    答えは「光」なんです。「光」だとして、ヒトを含む動物に対して、もっとも影響を及ぼす「光の源」は?そうです「太陽」なんですね。そういえば、明治時代に平塚雷鳥なる才女が中心になり青鞜社を打ち立て、「元始、女性は太陽であった」という名言を残しましたね(おっと横道に逸れました。スミマセン)。

「生体のリズム」は、「周期」(period)の長さにより3種類に分類されています:短いものから順に「縮日リズム」(ultradian rhythm)、「概日リズム」(circadian rhythm)そして「長日リズム」(infradian rhythm)です。「縮日リズム」は1時間より長く24時間より短い周期。「概日リズム」は24時間周期。そして「長日リズム」は24時間より長い周期。睡眠・覚醒、体温あるいは生体内にある抗炎症作用を有する副腎皮質ホルモン、睡眠誘因物質のメラトニン、ホルモンや神経伝達物質の分泌もそれぞれ特有の「概日リズム」があります。たとえば副腎皮質ホルモンは早朝がピークで睡眠前は最低値。メラトニンは逆。

では「生物時計」は体のどこにあるのでしょうか?脳の視床下部・視交叉上核にあります。ここが「光」を感知し「生体リズム」を作り出す「装置」です。すべての「生体リズム」の統括センターです。この「装置」の機能が、何らかの原因で落ちると病気が発症します。

変形性膝関節症(osteoarthritis、 OA)は、加齢とともに発症率は上がり、激痛を伴い、外科的手術でしか治らない病気です。関節には軟骨細胞(chondrocytes)があって「生体リズム」にしたがいながら、骨の修復をしています(OAの画期的な治療薬は未だにありません。製薬企業は創製に躍起になっています)。

ところが、この「生体リズムが加齢とともに低下すると軟骨細胞の修復能が充分に効かなくなりOAが悪化する」という新しい仮説が英国・Manchester大学からこの度発表されました(J. Clin. Inv. 2015、 DOI:10.1172/JC182755)ので、ご紹介します。斬新的な考えで今後のOA治療を変えるかも知れません。

軟骨細胞にはOAの重症度に関与しているタンパク質に「BMAL1」があります。「BMAL1」が減るとOAの重症度が上がります。また、別の生理作用として「BMAL1」が減ると「生体リズム」が乱れます。ちなみに老齢マウスでは「BMAL1」が若齢マウスの40%も減っていたそうです。重症度も40%増加。さらに「光照射サイクル」を変えると「生体リズム」が乱れOAの重症度が上がったそうです。凄い成績!

季節や時間帯によって医薬品の作用が弱まったり、強まったりする場合があります。これを研究する学問を「時間薬理学」(chronopharmacology)と言いOAもこの学問の対象疾患ですね。じゃ~また。