新薬開発の四方山話 (17): 薬を使わずに治療できるってホント?

「薬を使わずに治療する」というと、私たちは反射的に「外科的治療」(surgical treatment)と結びつけてしまいます。「なぜかな~」と考えますと「内科学的治療」は、ほぼ100%が「薬物療法」(pharmacological intervention)に依存しているので、その「心因的な反動」かも知れませんね。

それはさておき、今回は昨今話題になっている「医学・工学連衡」の成果に焦点を絞ろうと思います。そのまえに「長さ」の単位について「おさらい」しましょう。1 millimeter = 10-3 meter、 1 micrometer = 10-6 meter、 1 nanometer = 10-9 meter、 1 picometer = 10-12 meterです。算術計算ですよ。

前のコラムでも触れましたが「多発性硬化症」(multiple sclerosis, MS)は全世界で250万、米国で40万人、日本国内で1万3000人が罹患している疾患です。「自己免疫疾患」(autoimmune disease)に分類され、副次皮質ホルモン剤、インターフェロンやフィンゴリモドなどで現在治療が行われています。

コラム小出(17)-図1「病因」(etiology)は、 グリア細胞のなかでオリゴデンドロサイト(oligodendrocytes)が死滅すると、神経細胞軸索を取り囲んでいる「ミエリン」(myelin)という「絶縁体」で自己免疫反応が起こされるためです。したがいまして、MSの治療は「可能な限り初期に自己免疫反応を抑制し、ミエリンが作られるようにする」ことです。図1(Nature Neuroscience、 2015; DOI:10.1038/nn.4193)は、マウス小脳切片を染色した顕微鏡像です。赤く染まっている部分は炎症が起こって「ミエリン」が無い部分です(専門用語で「脱髄」(demyelination)という)。緑色のところは「ミエリン」がある部分です。

ところで、皆さんは「ナノ粒子」(nanoparticles)という単語を聞いたことがおありですか?長さが100 nanometer = 10-7 meter以下の粒子群のことです。これらの粒子は抗原(antigens)のような高分子とも結合しますので、治療目的にも応用できます。事実「ある特定のナノ粒子」を作製し、「自己免疫疾患」の患者さまを対象に臨床試験が近々実施されるとのことです。

MSの治療においても「ナノ粒子」を患者に投与し「自己免疫反応」を抑制できれば「ミエリン」が再生され困難であった歩行も難なく回復すると期待されます。ここに「医薬品を使用せずに治療を可能ならしめる方法が幕を開ける」ことになります。「ナノ粒子」に大いに期待したいと思います。小出徹でした。

コラム小出(17)-図2

2 ナノ粒子とは