新薬開発の四方山話(19):部分と全体

1969年ドイツ物理学者Werner Heisenbergは「Der Teil and das Ganze: Gesprache im Umkreis der Atomphysik」と題する書籍を上梓しました。2年後の1971年には英語版「Physics and Beyond」、1974年には日本語版「部分と全体」(The Part and The Whole)が発刊され、自然科学を学ぶ学生の必読書となり、私もドイツ語原文で読みましたが、内容を理解することは困難でした。TOBIRA・小出徹です。

原題を直訳しますと「部分と全体:原子物理学の周辺について語る」とでもなりましょうか。要するに、彼は「観察され得ることが物理理論の範疇に入るための条件であり、知り得ないことは語り得ない」という大原則を提示し、また「実在とはヒトと関わりなく存在し、実在はヒトが概念を見出す根拠として機能し、ヒトはその概念を実在するものとして理解する」と言及し「不確定性原理」を発見しました。

さて、私は何も量子力学や原子物理学をここで触れようとはしていません。私の度量を超えていますので。私が述べたいことは「私たちの行動(全体)を決めている実体(部分)は一体どこに存在するのか?」という命題です。たまには、こんな突拍子もないことを考えて見るのも気分転換になるかもです。

たとえば、引きこもりという行動、社会通念を逸脱した邪悪な行動、社会環境にどうしても馴染めなく引き下がってしまう行動、ヒトとの意思疎通がなかなかできない行動、これらを決定づける「部分」は、何処に存在するのか?この本源的な問いに勇猛果敢に臨んでみます。

私たちの脳の重量は凡そ1.4 ~ 1.5 kgで、男性の脳が女性より平均して1 kg重いと言われています。実は、この脳こそが「行動」という「全体」を決定している「実体」という「部分」なのです。

コラム小出(19)-図1

図1

コラム小出(19)-図2

図2

コラム小出(19)-図3

図3

図1・上は脳を水平に切断した図です。陥没した空間を脳室といい、その中にまるでタツノオトシゴのような形をした左右対称の組織があります。これを海馬(かいば)といいます。図2はヒトの海馬とタツノオトシゴの外観を比較しています。酷似していますね。さらにの図3では、海馬と大脳皮質の位置関係を示しています。図の上にあるのが海馬(脳の内部)、下が大脳皮質(脳の外部)です。海馬は主に記憶の形成や空間認識に最も重要な脳の「部分」です。    さらに海馬は解剖学的にCA1、 CA2、 CA3、 CA4そして歯状回(dentate gyrus)に分類されます。脳梗塞になるとCA1、 CA2、 CA3の神経細胞が特異的に死滅して認知障害が発症します。また、統合失調症の場合には神経細胞は死滅しないが神経細胞の容量が減ると言われておりましたが、最近の研究からCA2の神経細胞のみが死滅し、社会性に関する記憶の低下や意欲の低下に関与しているのではないかと考えられるようになってきました。以上「部分と全体」でした。