新薬開発の四方山話(20):「寝た子を起こす」リハビリテーション?

故事ことわざ辞典に「寝た子を起こす」は必ず載っています。日常茶飯に使う表現ですから。意味するところは「折角収まった物事に対して余計な言動をして再び問題を起こすこと」ですが、「忘れかけていたようなことを思い出させる」とか「潜んでいる欲望をあおって刺激を与える」などという捉え方もあります。英語では「Wake not a sleeping lion/Let sleeping dog lie」で「寝た子を起こすな」ですね。

何れにいたしましても、どうも「良い意味」には使用されていません。そこで、天邪鬼(あまのじゃく)な私は「良い意味」で「寝た子を起こす」を解釈したいと思います。それもリハビリテーションの効果との関連から。

さて、交通事故による外傷性障害、くも膜下出血、脳梗塞あるいは脳出血など脳卒中による四肢の麻痺に対してリハビリテーション(rehabilitation、略してリハビリ)が著効を示すことが報告されて以来、患者さまがベッドに横たわっているような急性期からリハビリが積極的に実施されるようになってきました。この早期リハビリは、かなり苦痛が伴うのですが、耐え抜いて「良い結果」を生み出しましょう。

リハビリの効果は痛んだ四肢の回復を継時的に観察していけば分かることなのですが、問題は患部での神経学的あるいは解剖学的な裏付けを支持する医学的な証拠がなかったことでした。ところが、この度生理学研究所・名古屋市立大学医学部・福島県立医大との共同研究で「ラット脳出血モデル」から興味ある成績が発表されましたので、ご紹介します。脳の機能の「柔軟性」を知り驚愕なさるに違いない。

コラム小出(20)-図1 脳は機能に依存し解剖学的に部位が分離していることは前にも触れました。運動を司る場所を「運動野」、外部から情報を取り入れる場所を「感覚野」と称します。どちらも大脳皮質にある部位です。

ヒトで脳出血が好発する部位は大脳基底核と言って脳の奥に左右対称に存します。左が出血すると右の四肢、右が出血すると左の四肢に麻痺が出ます。

ラットで脳出血を人為的に作製した様子を左図は示しています。赤い部分が出血部位です。そうすると大脳皮質運動野-脊髄を結ぶ回路が障害を受けて麻痺が起こります。麻痺を確認したあとで、前肢を集中的にリハビリを実施します。そうしますと、大脳皮質運動野から脳幹にある赤核への神経投射が有意に増加し、麻痺も軽減することが分かりました。リハビリをしなかったラットでは、このようなことは全くありませんでした。

つまり、これらの成績は日頃は無かった運動回復経路がリハビリによって新たに創出され、麻痺を改善したことを意味します。進化論的には「大脳皮質運動野-脊髄」は「新しい運動経路」であり、「大脳皮質運動野-赤核」は「古い運動経路」です。生体は「古い運動経路」を利用しながら「運動機能を代償している」ことが分かりました。リハビリは「寝た子を起こす」「良い結果」となりました。小出徹でした。