新薬開発の四方山話(24):巨頭が集結して歴史が動いた

1945年2月ソビエト社会主義共和国クリミア半島ヤルタでチャーチル(英国)、ローズベルト(米国)そしてスターリン(ソ連)の3人の「巨頭」が集結し、ポーランド問題、ドイツ問題そしてサハリン・千島列島問題について会議が開催されました。ドイツ領土だったポーランドの復活、ドイツ領土縮小、ソ連の満州国侵入などの方針が決定され、ポーランド社会主義化、東西冷戦構図や北方領土問題の端緒となりました。「巨頭が集結すれば歴史的に大きなことが起こる」です。世に名高い「ヤルタ会議」。

時は移って2015年7月英国ロンドンMacmillan Publishers Ltd.が発刊している Nature 誌に「奇想天外」(a most unexpected idea or marvelously original idea)な大発見が報告されました。世界の医学生物研究に関わる人々は全員「度肝を抜かれ」(be dumbfound)放心状態。Nature誌上には「髄膜にリンパ管が発見された」ことを報じていました。「髄膜」とは脳の表面を覆っている3つの膜(硬膜、クモ膜、軟膜)の総称です。

なぜこの発見が「奇想天外」か?この発見まで教科書には「脳は免疫系から完全に独立している」と書かれていました。この発見によって「脳とは神経系と免疫系という二大巨頭が集結した臓器」であることが初めて判明しました。この二つの学問領域は膨大深淵です。「巨頭が集結して歴史が動いた」訳です。

では次の質問:どうして、いままで脳でリンパ管が発見されなかったのでしょうか?実は、この発見は「偶然性」(serendipity)によります。私(TOBIRA・小出徹)もそうでしたが、実験動物の脳を取り出す時には必ず最初に頭蓋骨(skull)を外してから脳本体を取り出したものです。ところが、この研究者は頭蓋骨を付けたままで脳組織の染色を施し、そのまま研究に処したそうです。つまり頭蓋骨を外した場合は、すでに髄膜がない状態になっていた訳です。このようにして大発見がなされました。「科学って面白い!」この大発見によって「今後どのような変化が脳科学で起こるか?」私なりの見解を以下に纏めます。

コラム小出(24)-図1先ず教科書の図が左図のように書き換えられます。左が古い教科書、右が新しい教科書の絵です。脳の表面にも緑色のリンパ管(lymphatic vessels)が分布していますね、新しい教科書の図では。

次に例えば多発性硬化症(multiple sclerosis、MS)など自己免疫疾患、アルツハイマー病やパーキンソン病などの脳神経性疾患の病因にメスが入ります。つまりT細胞などの免疫担当細胞の脳内での動態解明が「焦眉の課題」となります。

また脳脊髄液(CSF)の主要な役割である脳実質細胞内老廃物を処理する機構、ならびにこの機構を助長する機構「glymphatic system」(日本語訳は残念ながらありません。CSF・免疫系・グリア細胞系が重要と考えられる)の新たなる解明が推進されます。

さらには深部頸部リンパ管切除すると「記憶」や「学習能力」が落ち込むという知見もあり、T細胞の体内循環の破たんが広義での「行動異常」来しているとも考えられ、今後の研究に期待すること大。

このようにT細胞の脳内動態を探り、脳神経性疾患発症と関連性を探る研究は、今までにない「新規の治療法」を提供する可能性が極めて高いと考えられます。「巨頭が集結して歴史が動いた」でした。