新薬開発の四方山話(26):世界はシンクロナイズしながら動いている

皆さんは「水泳のシンクロ」(synchronized swimming)という単語は良く聞き慣れていると思います。ところで「synchronization」の本来の意味をご存知でしょうか?今日はこの質問から始めましょう。

「Synchronization」の意味を辞書で調べてみますと (1) ある事と別の事とが同時あるいはほぼ同時期に起こる、動き出す、とか (2) あるデータを二つのPCに間違いなく同時に送るなどと記載されています。もともとはギリシア語で「同時代や同期」(”syn = the same” + “chrono = time”)の意味です。

「医薬品開発とsynchronizationと何がどのように関連しているのか?」ですって。実は「凄く関連しているのです」。私(TOBIRA・小出徹)の経験にも幾つか事例がありましたので、ご紹介いたします。

貧血治療剤または造血因子として知られ、現在治療に用いられている「エリスロポイエチン」(erythropoietin)。この発明は日本と米国とで「ほぼ同じ時期」でした。「ほんの少しの日の差」で米国に軍配が上がり、米国製薬企業一社のみがEPOの知財権・全世界販売権を獲得しました。「日本も米国の企業も水面下でsynchronizeしながら発明研究をしていた」訳です。言うに及ばず「ブロックバスター製品」(年商1、000億円以上)になりました。このようにアイディアも「synchronize」していたのです。

私たちの日常生活で頻繁に経験している「暗黙の了解」(implicit agreement、 tacit understanding)なども「自分と他人との理解がsynchronizeした結果」の産物ですね。最近では「暗黙の了解」の神経系機構について、コンピューターの巨大な力添えを得ながら、脳科学的な研究に拍車がかかっていますよ。

「Synchronization」を考える際には、自ら行動を起こす時と、他の個体が行動するのを見ている状態の両方において活動が盛んになる神経細胞群が霊長類(non-human primates、 apes)の脳内で存在することが分かってきました。他の個体の行動を見て、まるで自分が同じ行動を取っているかのような「鏡」のような行動パターンことです。それを「ミラーニューロン」(mirror neuron)と命名しました。

ヒトでの「ミラーニューロン」の研究は緒についたばかりですが、人間同士の「共感」(empathy)、幼児の「言語獲得」(language acquisition)や心理学での「心の理論」(the Mind Theory)の展開などを理解するうえで、新たなる視点軸を賦与した可能性があります。殊に「自閉症」(autism)の病因解明や新たなる治療法の確立につながるかも知れませんね。

コラム小出(26)-図1最後に最近の話題から:多発性骨髄腫(multiple Myeloma、 MM)は悪性リンパ腫とならぶ血液ガンの一種で骨の痛みが強く高カルシウム血漿を伴うガンです。この度全く新しい作用機序を有した医薬品3種類を米国FDA(US Food and Drug Administration)が承認し、それぞれの承認日時は、2015年11月16日、11月20日そして11月30日でした。これら3種類の医薬品の作用機序はほぼ同じ:これらの医薬品は、ある特定の受容体やリガンドに結合することによりT細胞の活性化妨害経路を遮断し、最終的にはT細胞ががん細胞を攻撃することを活性化するという「ガン免疫療法」です。なんと、なんと、ここでも「synchronization」が起こっていました。「世界はシンクロナイズしながら動いている」でした。じゃ~。