新薬開発の四方山話(27):ブロックバスターが辿っている長い道のり

「標題」から連想される表現に「人生はしばしば航海に例えられる」(Life is often compared to a voyage)があり、「長い道のり」(It is a long way to go)というと「峠」(a mountain pass)を想起し、「峠」と言えば「司馬遼太郎さん」となります。お元気ですか?TOBIRAの小出徹です。

さて医薬品業界用語の一つに「ブロックバスター」(blockbuster)があります。これまでも何回か触れましたが、一品目の年間売上高が1、000億円を超える医薬品のことです。そこで最初の質問です:(1) ブロックバスターを世に送り出すための具体的な二つの要因を挙げて下さい。暫し真面目にお考え下さい。

答え:(1-1) 患者数が多い疾患の治療薬であること、そして (1-2) 効き目が確実なこと。(1-1)例えば2014年の調査によりますと日本国内では糖尿病(910万人)、高血圧(950万人)や高脂血(190万人)などの「生活習慣病」が該当し、(1-2) これを達成するため医薬品の「作用機序」を重視します。

次の質問です:(2) 死亡率が高い疾患を順に5位まで答えて下さい。暫しお考え下さい。答え:(2) ガン → 心疾患 → 脳血管疾患 → 肺炎→ 老衰の順です。この「順番」は何を意味するのかと申しますと、医療現場からは、殊に若い患者さまを救う目的で「致死的な疾患の治療剤」も切望されています。

また質問:(3) 医薬品は用途により2つに分類されます。さて、何と何でしょうか?答え:(3) 「予防的に服用する医薬品」(preventive medicines)と「治療的に服用する医薬品」(therapeutic or curative medicines)の二つです。医薬品の服用期間は「前者」のほうが長いですので、それだけ売り上げに貢献。

そして最後の質問:(4) 以上3つの質問・回答を念頭において、もしあなたが医薬品の研究開発(R&D)マンだったら、どのような疾患を目標に定め、どのような臨床試験を実施しますか?さ~お考え下さい。

私の場合40年間医薬品のR&Dに携り、5品目臨床開発を実施、承認されたのはたったの一品目。あとは開発中止・中断。こんな訳で私の場合はブロックバスターを狙うなんて「夢のまた夢」でした。

さて日本発のブロックバスターについて以下に触れます。それは:開発企業「武田薬品工業」(以下、武田)、対象疾患「II型糖尿病」、商品名「アクトス」、一般名「ピオグリタゾン」、 年間最高売り上げ「1兆円」。武田では如何なるR&Dを展開しているのでしょう?「ブロックバスターが辿っている長い道のり」。

コラム小出(27)-図1

糖尿病はI型とII型とに分類され大部分がII型です。I型とII型の違いはインスリン(血糖降下作用を有するホルモン)分泌量が少ないのがI型、分泌量は減ってはいないものの、インスリンに対する感受性が低下しているのがII型です。アクトスは化学構造式が新規で「物質特許成立」、作用機序も新規で、さらにII型糖尿病が対象疾患ですので、ブロックバスターになるための要因を持ち合わせていますね。

ところが、数年前に物質特許が切れてしまい後発品が世に出回って売上高が激減。そこで、武田が考えた戦略は、適応症を変更し「用途特許」への切り替えでした。上の図を見てください。一過性脳虚血(TIA)や脳卒中に罹患後の患者に「予防的」にアクトスを投与したところ有意な延命効果が認められました。このように医薬品企業は日夜弛まぬ努力をしています。標題の意味がお分かりになったでしょう。