新薬開発の四方山話(36):体は温ためたほうが良いのか、それとも冷したほうが良いのか?

中学校時代の友人のご母堂は、いつも「寝たきり」(bedridden)でした。理由は「体温調節」(thermo-regulation)ができないためだと、彼は言っていました。これを伺うにつけ、私は子供ながらに「体温調節」って何だろう?それができないと何故「寝たきり」なんだろう?と素朴な疑問を抱き、学校へ通っていました。今回はこの話題について話したいと思います。ご案内役は、いつもの小出徹です。

さて、動物は「変温動物」(ectotherm)と「恒温動物」(endotherm)とに二分類され、私たち「哺乳類」(mammals)は後者に属します。これは常識ですね?では一体、体温調節機構はどのようになっていて、その機構が破綻すると、どのような悪影響が体に起こるのでしょうか?この問題から考えましょう。

私たちの身体の「生存限界」(survival limit)の体温は33 ~ 42oCです。44 ~ 45 oCになると死に至ります。では、私たちの身体の中では、この限界を超えない仕組みが、どうなっているのでしょうか?

%e3%82%b3%e3%83%a9%e3%83%a0%e5%b0%8f%e5%87%ba%ef%bc%8836%ef%bc%89%e5%9b%b31実は「体温が下がる」と血管平滑筋と筋肉骨格筋がともに収縮し、熱の放射を抑え、熱生産を上昇させ、体温を上げようとします。逆に「体温が上がる」と血管平滑筋は拡張し発汗が高まり、熱の放射を高め、体温を下げようとします。このようにして、常時体温の「恒常性」(homeostasis)が維持されています。

これは丁度、エアーコンディショナーで部屋の温度を調節する「サーモスタット」(thermostat)に似ていますね。この装置が、生まれながら私たちの身体に備わっているのです。この装置は脳の「視床下部」(hypothalamus)にあり、ここが体温調節の「司令塔」(control tower)となっています。また「視床下部」はホルモン調節司令塔でもあり、身体のバランス調節に大切な役目を演じています。したがいまして、この「視床下部」に脳腫瘍などができますと、精緻な「体温調節」が不能な状況に陥ります。つまり友人のご母堂のような病気ですね。さて、ここからは「疾患」と「体温調節」の関連に話題を移します。

頭部外傷、脳出血、クモ膜下出血や蘇生後脳症の治療に「低温療法」(hypothermia therapy)が実施されています。この療法は発病してから6時間以内に、全身麻酔下で筋弛緩剤を患者に投与し、患者の身体に水冷式ブランケットを巻き、体温を31~33oCにまで下げて行います。治療コンセプトは「脳障害の初期段階うちに脳内温度を下げて有害な反応を抑え込めば、予後が良好であろう」との期待から始められた療法です。患者によっては大きな治療効果が認められましたが、低温状態から通常の体温に復温する際に有害な生体反応が起こったりし、「脳には良いが全身状態の維持は悪い」との批判もあります。

さて、アルツハイマー病(AD)は、65歳までは発症率が低いのですが、この年を超えると5-6年毎に2倍増えると言われています。65歳を過ぎると年齢とともに、代謝率と体温が顕著に落ちることも周知ですね。そこで、カナダの研究グループはADのトランスジェニックマウスを用い、通常より1oC低い環境で飼育したところ、ADに特有な脳内リン酸化τタンパク質生成が著明に増加し、温度を戻してやるとAβタンパク質が減少したそうです。つまり「低体温はADの発症にとっては有害である」ことを意味します。「体は温めるほうが良いのか、それとも冷したほうが良いのか?」大きな疑問が残りましたね。じゃ~。