新薬開発の四方山話(43):孤高の決断を下す

「孤高の決断を下す」を英語では”make an aloof decision”とでも訳すのでしょうか?自信がありません。でも、この行為は ”noble and lofty”(崇高で高遠である)あることには違いないと思います。TOBIRAの小出徹です。今回は「孤高の決断を下す」と題し、話を展開して行きたいと思っています。

もし皆さまの身内に「不治の病」(incurable illness)に罹患なさっている方がいらっしゃり、ある新しい治療法を受けないと、確実に亡ってしまうと医師から宣言されたとします。その治療法は副作用が必ず起こり、最悪の場合には亡くなってしまう危険性を伴います。さ~、貴方ならどうなさいますか?このような状況のもとで意思決定をすることを「孤高の決断を下す」とでも言うのでしょうか。始めます。

皆さまは「多発性硬化症」(multiple sclerosis, MS)という疾患をご存知でしょうか?MSは女性に多く発症し(♂:♀=1 : 2~3)、高緯度の国で発症率が高く、患者数は本邦で約10万人、世界では230万人います。脳神経細胞の軸索の絶縁体となっているオリゴデンドログリア細胞やアストログリアが自己免疫細胞によって破壊され、前者は脱髄(demyelination)が生じて起こる自己免疫疾患(autoimmune disease)です(下図)。

コラム小出(43)図1   脱髄が視神経で起これば、視力低下や視野欠損をきたし、その他運動障害、感覚障害そして認知障害をきたします。治療法に関し従来は、インターフェロン、フィンゴリモドやナタリズマなどが用いられています。ここでは、近年研究開発された治療法について、触れたいと思います。Ottawa(Canada)研究班が実施。高用量の制癌剤を投与し患者の免疫能を完全に 除去し(immunoablation)、その後、骨髄から血中に遊離してきた自己造血幹細胞(autologous hematopoietic stem cell)を精製し冷凍保存し、患者に移植するという治療法です。この治療法ですと、MSに罹患した免疫担当細胞が完全に消去され、正常な免疫細胞のみが患者の体内で生成されることになります。この治療法で大切なことは、如何にして患者の免疫能を消去するかです。具体的には白血病(leukemia)で施行されているガン療法(制癌剤のカクテル)を実施しましたが、この過程で肝疾患により患者が亡くなった例もあり危険が伴います。副作用もあります。

しかしながら、最終的には完全に再発が抑えられ、MRI判定による脳内炎症像も有意に減少、70%の患者はMSの進行が完全に抑制されました。なんとこの臨床試験は13年間もの間、臨床的経過を観察したそうです。介助なく一人で歩くことができるようになり、結婚して子供さんまで設けることができた、などなど高い評価を受けています(Lancet、 June 2016 DOI:10.1016/SO140-6736(16)30169-6)。患者ばかりか、このような臨床試験を実施した医師たちも「孤高の決断を下す」ことに迫られたと思います。