新薬開発の四方山話(49):目覚めよ、汝の目は心の窓

ヘレンケラー(Helen Adams Keller、1880年~1968年)は2歳の時に猩紅熱に罹患し、話すことも、聴くことも、見ることもできなくなった:いわゆる「三重苦」(triple handicap)に陥ってしまいました。この「三重苦のなかで何が最も辛いか?」と尋ねられた時、彼女は「見えないことが最も辛い」と答えたと、小学校の頃読んだ本に記されていたと私は記憶しています。案内役のTOBIRA・小出徹です。

確かに私たちが外界から取り入れる情報は、87%が「視覚」(vision)、7%が「聴覚」(auditory)、3%が「触覚」(tactile sense)、2%が「嗅覚」(olfactory)、そして1%が「味覚」(taste)を通してと言われていますので(これら絶対値は環境・状況などによって変動します)、「視覚」が如何に重要な情報源であるか理解できますね。ここで質問です。「盲目」(blindness)に陥る最も大きな疾患は何と思いますか?

答え:「緑内障」(glaucoma)、「白内障」(cataract)、「視神経炎」(optic neuritis)、「網膜色素変性症」(retinal pigmentary degradation)、「腫瘍」(tumor)そして「黄斑変性症」(macular degeneration、 MD)などです。今回は、とくに「盲目」の原因で最も頻度が高い「黄斑変性症」について、新知見をご紹介します。米国Wisconsin-Madison大学からの発表です(PNAS、 2016; 201523061 DOI:10.1073/pns)。

「老人性黄斑変性症」(age-related MD、ARMD)を含め約200万人の米国人が現在MDに罹患しています。ARMDの治療には、「抗VEGF」(anti-vascular endothelial cell、血管内皮細胞増殖因子阻害剤)や「光線力学療法」(photodynamic therapy)などが実施されていますが、MDそれ自体の治療は甚だ困難で、さらに治療費がかさばるという難点があります。そこで、もっと廉価な治療法はないものかと、MDの発症機序を含め研究を進め、既に処方されている医薬品の中から新しいMD治療剤を発見しました。

「盲目」は「光感受性杆コラム小出(49)-図体錐体」(light-sensitive rods and cones)が死滅して起こります。つまり「光受容体」(photoreceptor)の機能が失われた結果「盲目」になります。この原因は「網膜色素上皮」(retinal pigment epithelium、 RPE)(左図参照)に障害が惹起されたためです。このPREの障害は2つの異なった「防御機構」(protective mechanism)が破綻するために起きます:(1) RPEの外側に付着した補体の活性化が抑制できなくなり、その結果、細胞膜に「孔」(pore)が開いてしまう。(2) 通常はその「孔」を塞ぐために「ライソゾーム」(lysosomes)が動き出すのですが、作動しなくなり、(3) RPEへCa2+が流入し、持続的な炎症が起こり「盲目」になるという一連の過程を解明しました。さらに、この最終過程でaSMase(acid sphingomyelynase)という酵素が活性化されたというのです。つまり、研究者は本酵素阻害剤が盲目治療剤と考えました。そこで、永年処方されてきた医薬品の作用を検討した結果、抗うつ剤であるdesipramineが本酵素活性化を抑制し、RPEの破壊を救ったとのこと。まさに奇妙奇天烈な発想ですね!