新薬開発の四方山話(51):トロイの木馬

コラム小出(51)-図1  TOBIRAの小出徹です。今回はギリシア神話から題材を頂きます。“ギリシア軍はトロイア(トロイ)との戦いに行き詰まり、左図のような巨大な木馬を作り、その中にギリシア軍兵士を隠れさせた。そして寝泊りしていた小屋を焼き払い、木馬を残し、船で近くの島に移動。ギリシア軍はトロイアから完全に撤退したように見せかけた。トロイアに残されていたのは「木馬」(Trojan Horse)のみ。トロイア人は残されていた「トロイの木馬」を頑丈な塀で囲まれたトロイアのイーリオス城内に持ち込み、神殿に奉納、祝宴を挙げた。トロイア人が寝静まった夜半「トロイの木馬」に隠れていたギリシア軍兵士は一斉に外に躍り出て、トロイアを壊滅状態に追い込み、トロイアは滅亡した。“ これが神話の「あらすじ」(summary)です。さてと、これから「本題」(main issue/subject)に移ります。

最近ある論文を最近読んでいたら「Trojan horse protein」という表現に遭遇しました。直訳すれば「トロイの木馬というタンパク質」とでもなりますか。一体全体何を意味しているのか、私には皆目見当がつきません。自らの「浅学菲才」(lack of ability or learning)を「痛感」(fully realize)いたしました。このまま放っておくのも「癪に障り」(feel vexed/annoyed)ですので書籍を紐解きました。そうしたところ、「凄いこと」(terrific thing)を発見いたしました。そこで、今回はそのことをご紹介します。

コラム小出(51)-図2  脳内には「血液脳関門」(blood-brain barrier、 BBB)があることは以前にこのコラムでお示ししました。これは血液中に存在する物質が自由自在に脳内に入り込めないようにする機構の一つで、いわば脳の「関所」(checkpoint)の役割を果たしています。脳内毛細血管(微小血管)にBBBは存在しています。

通常、抗体などのタンパク質医薬品はBBBを通過することはできません。しかしながら、「脳内毛細血管内皮細胞」(brain capillary endothelial cells)にはトランスフェリンやインスリンの受容体が存在しており、この受容体に抗体などのタンパク質医薬品が結合すれば、血管内皮細胞を通り抜けて「脳実質細胞」(brain parenchymal cells)にこれらの物質は入り込むことができます。これを「トランスサイトーシス」(transcytosis)と呼んでいます。

つまり、ヒトの手によってこの受容体に結合するタンパク質を合成し、本命の抗体などのタンパク質医薬品を脳内に輸送することが可能になる訳です。この場合、前者が「トロイの木馬」で、後者がその中に隠れていた「ギリシア軍兵士」ですね。お分かりになったでしょうか?ギリシア神話に準えるなんて素敵ですね。BBBに存在する受容体を介した取り組み機構を介したタンパク質性医薬品の脳への搬入とは、なかなか斬新なアイディアです。この方法論を用いた医薬品の臨床治験が二品目欧米諸国で進行中です!