新薬開発の四方山話(60):架け橋を架ける

「架け橋を架ける」を英語では”build a bridge” or “span a bridge”と言います。さてと、今回は何を話題にしようかと考え倦んだすえ、標題のタイトルを選択しました。扱う疾患はアルツハイマー病(Alzheimer’s Disease,AD)です。理由は如何にこの疾患を治療するかが現代医学の最大の課題だから。

「痴呆症」(dementia)は「AD型」、「脳血管障害型」(vascular cognitive impairment and dementia, VCID)と、これら二つの「混合型」に分類されています。疫学的な調査によりますと、ADと診断された患患者の40~60 %がVCIDを併発しています。

つまりAD型に出現するアミロイドベータプロテイン(amyloid-β protein,Aβ)を特異的に消失する「抗Aβ抗体」を投与しても「その患者が混合型であったなら、臨床効果は半減してしまう。これが抗Aβ抗体臨床試験が失敗し続けている原因である」という大胆な説を米国Kentucky大学が主張し出しました。

この研究者等の凄いのは、自分たちの手で「AD-VCIDマウスモデル」を作製したことです。つまり、ADマウスモデルに「抗Aβ抗体」を投与した場合には「認知能力」(cognitive function)は上昇しましたが、「AD-VCIDマウスモデル」においては、改善が認められなかったとのことです。そこで、今後は「抗Aβ抗体」と他の医薬品を「併用」(combination)し、「AD-VCIDマウスモデル」での「認知能力」を上昇させる医薬品を探索しているそうです。これこそ基礎から臨床医学への「架け橋を架ける」努力ですね。

コラム小出(60)-図1次は米国Rush大学からの発表です。ADの原因はAβのみならず、他のたんぱく質も同時に関与しているという新仮説を提唱しました。このたんぱく質とは「TDP-43」という過剰リン酸化されたDNA結合性タンパク質、 ”hyperphosphorylated transactive response DNA-binding protein 43”のことです。

さて、TDP-43は「前頭側頭型認知症」(frontal temporal dementia)や「筋萎縮性側索硬化症」(amyotrophic lateral sclerosis)において脳内に蓄積することが知られており、最近ではAD脳にもあることが判明しました。内訳;研究者たちは946個の老人脳を解析した結果、(1) TDP-43は全体の約1/2の脳から検出され、(2) ADと診断された患者の脳の2/3に存在が確認されました。また (3) 全体の約1/3以上の脳ではAβ、過剰リン酸化τ―タンパク質とTDP-43が「共存」していた(co-exist)との臨床成績。

さらに「Aβ、過剰リン酸化τ―タンパク質とTDP-43が共存しているとADと診断される可能性が俄然高くなる」との事です。ADの新しい治療法を考案するうえで多くのヒントを提出しています。「過剰リン酸化τ―タンパク質とTDP-43」ともに「タンパク質が過剰のリン酸化されている」という点で共通性を有しており、どのような「リン酸化酵素」(kinases)が関与しているのかに個人的には興味があります。このように、患者の臨床所見とその原因を追い求める「架け橋を架ける」努力が鋭意進行中です。

今回ご紹介した二つの論文とも、過去に報告された成績を顧みつつ、新たなる治療体系構築という可能性を継続的に追い求める姿勢、つまり「架け橋を架ける」努力を惜しまない姿勢が見て取られますね。