新薬開発の四方山話(63):出藍之誉

漢文を習っていた頃に出くわした熟語:「出藍之誉」(しゅつらんのほまれ)。出典「荀子・勧学」。音読「青は藍より出いでて藍よりも青し」。意味「弟子が師よりも優れた才能を発揮すること」。英語訳「Although blue dye comes from the indigo plant, it is bluer than indigo.」私には懐かしい響きです。

さて、製薬企業において基礎研究から臨床治験にまで一つの医薬候補品開発に携わりますと、大抵あっという間に15年前後の月日が流れます。この間新しく加わった研究者も、アレヨアレヨという間に先輩を乗り越えていきます。これを先輩が「苦渋」(bitterness)とか「辛酸を舐める」(go through a lot of hardships)ととるか、それとも「喜び」(delight,rejoicing)ととるかは、その方の「人生観」(view of life)。

学問界においても同様の事態が起こっているものと想定されます。つまり、当初は「前代未聞の発見」(unprecedented discovery)と高く評価された研究にあまたの若い研究者達が殺到します。この中から必ず「ずば抜けたヒトたち」(enormous or outstanding guys)が何人か輩出されます。このことは歴史が証明しています。この種の研究がCornell/Cambridge大学からNature Communication (4 Nov. 2016)で共同発表されましたので、ご紹介いたします。今回扱う疾患はAlzheimer’s Disease (AD)です。

コラム小出(63)-図1従来ADの発症は「側頭葉」(temporal lobes)にある「内嗅皮質」(entorhinal cortex,EC)に「病因」(etiology)を求めてきました。今回の研究結果では、「ECではなく前脳基底核(basal forebrain,BF)が最初に障害を受ける」というAD発症に関する全く斬新な仮説です。左図で上段2枚赤い部分がBF、 下段2枚青い部分がECです。なお、左側2枚は脳を真上から縦方向に切った切片で、右側2枚は脳を正中線で切った像で、上部が左半球大脳皮質です(左図)。理解できましたか?

今回の研究では「脳のイメージング」(brain imaging)で「脳灰白質容積」(brain grey matter volumes)ばかりか、「脳脊髄液」(cerebral spinal fluid,CSF)中の「ベータアミロイド」(amyloid β,Aβ)濃度も測定し、「記憶障害」(memory impairments)などの「臨床症状」(clinical symptoms)も観察したため、患者の「総合的な判定」(synthetic judgements)ができたようです。では詳細について。

(結論)ADが未だ発症していない患者さえ、CSF中のAβ濃度が異常に定値になると、臨床症状が発現していない時期でもBF容積が減少し始める。つまり、最初にBFでの「変性」(degeneration)が起こり、その後、感染のように側頭葉・ECなど記憶に関与している脳領域の変性へと伝搬する。換言すれば、BFでの変性がECに変性に先んじる。(方法) (1)健常人、(2) ADへ進行しなかった軽度認知障害患者(mild cognitive impairment,MCI)、(3) ADへ進行したMCI患者、(4)AD患者、と4群比較試験。すべての群において「年齢を合わせた老人」(age-matched old adults)が対象。2年間追跡臨床試験を実施。(結語)従来のEC仮説を否定し、BFにADの発症源があるという全く新規な仮説を提案。従来の学説を習熟し、そのうえで学兄諸氏が打ち立てた学説に異論を唱え、新たなる境地へと勇猛果敢に突入したという現代版「出藍之誉」でした。「既成概念の打破」(breaking down of preconceived ideas)が原動力ですね。