新薬開発の四方山話(73):対立概念と階層概念という異なる概念

「対立概念」(the antithesis)と「階層概念」(concept hierarchy)。ここで何も哲学的な論考をしようとしている訳ございませんし、私には「不可能なミッション」(mission impossible)です。ただ医学的な思考において用いられる論法ですので、これを話題に取り上げます。いつものTOBIRA・小出徹です。

脳の機能は「局在論」(theory of localization)と「遍在論」(ubiquitous theory)とに分類し理解されています。「脳の機能は部位ごとに特殊化している(局在論)。その曲の働きが全体的に統合されることにより意識・心が生じる(遍在論)」です。近代の脳科学は「局在論」から出発したのですが、意識を説明するためには「遍在論」を取り入れざるを得なかったという歴史的な経緯があります。ご存知でしたか?

これに対して「階層概念」とは「ある認識対象の構造が下層から上層へと順に積み重ねて全体を構成している場合の構造である」とし、一つ一つの要素は「主従関係」(homage)から成り立っています。

そこで、前者に関しては「捕食性殺本能」(predatory kill instinct)、後者に関しては「新記憶形成システム」(new system for forming memories)をそれぞれ題材に取り上げます。それでは始めます。

「本能と動因」(instinct and motivation)を司る脳の部位に「扁桃核」(amygdala,下図参照)があります。私は家の生簀で孵化したガマガエルを2年間冬眠させました。生きたコオロギを入れてやると喜んで食べました。マウスのケージにコオロギを入れてやってもマウスは同じ行動をします。マウスはコオロギを捕まえ食べました。この神経機構を研究した米国Yale 大学 が Cell (2017) に発表しました。

コラム小出(73)-図1「扁桃核」を刺激しない時は全く正常なのですが、一旦刺激すると「気が狂ったよう」に木くずであろうが何であろうが噛みつき、対象物を「殺そう」としたのです。単に「食べる」ことが目的ではなく「捕食・狩猟する」(hunting for killing)ことが増加しました。ところが「扁桃核」の別の部位を刺激した場合には、今度は「捕食」に必要な顎や首などの筋肉を司る神経系が賦活化されました。「扁桃核」を人為的に破壊すると、これらの行動は消失しました。つまり、ヒトを含む「顎」(jaw)を有する動物は「扁桃核」内のそれぞれ別の部位で「捕食性殺本能」を制御していることが判明しました。脳の機能「局在論」(「遍在論」の対立概念)で終始一貫し説明していますね。

コラム小出(73)-図2「記憶」(memory)というと脳部位では「海馬」(hippocampus, HIPO)が有名ですね。ところがスイス・Roche研究者たちはScience (2017)において、海馬ばかりではなく「内嗅皮質」(entorhinal cortex, EC)も海馬から「独立して」(independently)、「記憶」に重要であることを突き止めました(左図:内嗅皮質の脳内部位)。このように「記憶」については、ECはHIPOに従属する(「階層概念」)ように捉えられてきましたが、そうではなくHIPOと「並列して」(in parallel)別の役割を果たしていると結論付けました。今後は益々ECの機能についての研究が激化します。