新薬開発の四方山話(77):神の手

「神の手」(God Hand)。本来は「さまざまな異才ないしは不可視的な現象に対する比喩」とされ、「見えざる手」(Invisible Hand)の「俗称」(popular names)です。「見えざる手」とはAdam Smith著「国富論」(An Inquiry into the Nature and Causes of the Wealth of Nations,1776)で用いた表現であり、Karl Marx著「資本論」(Das Kapital: Kritik der poltischen Oekonomie,1867)と双璧をなす書物です。これを紐解くことが、私たちの大学時代の必修科目でしたよ。TOBIRAの小出徹です。

昨今では「神の手」というと「腕が立つ脳外科医」(talented neurosurgeons)などを意味したりし、本来の意味である「運を天に任す」(be/leave in the hands of God)からずれてきました。「そこで」と言っては何ですが、今回は「外部から体内への直接介入」それも「脳への介入」について触れます。これは既存の「医薬品に反応しない」(incurable,intractable)場合などに適応されます。では始めます。

質問①:この術式はUSAで初めて実施され、それから既に80年間の月日が流れました。さて私は?
回答①:「ロボトミー」(lobotomy)です。これは「大脳葉」(だいのうよう,obe)に「切除術」(ectomy)を加えることから「ロベクトミー」(lobectomy)とも呼ばれています。USAでは「激越性鬱病患者」(agitated depression patient)でした。が、「統合失調症」(schizophrenia)など「精神疾患」(mental disorders)に適用されました。しかし術後に人格変化、無気力、衝動性など「不可逆的な」(irreversible)副作用が発現、1975年本邦では「精神外科」(psychosurgery)で「ロボトミー」を施すことは廃止されました。

質問②:脳への「侵襲性」(invasiveness)を極力少なくするにはどうしますか?
回答②:疾患原発脳部位にのみ手術を施す。これを「機能的定位脳手術」(functional stereotaxic brain surgery)と称します。
下図をご覧ください。物騒な感じは否めませんが、頭蓋に小さな穴を開け、病巣部「切除」(ablations)、医薬品などの「注入」(injections)、 電極「刺激」(stimulations)あるいは脳腫瘍の「放射線療法」(radiosurgery)などの所作が実行できます。なぜなら「脳の部位」(brain regions)は3Dとして「解剖学的に特定できる」(anatomically identifiable)からです。やっぱり「脳アトラス」は大切ですね。
コラム小出(77)-図1今回は、このうち「深部脳刺激」(deep brain stimulation,DBS)の応用をご紹介いたします。米国Pennsylvania大学からの発表(J. Alzheim. Disease,2016; 56 (2) です。なお、DBSの適応症としては、パーキンソン氏病、「慢性疼痛」(chronic pain)、 「大鬱病・強迫性障害」(major depression & obsessive compulsive disorder)や「トレッテ障害」(Tourette syndrome)など広範囲の疾患があります。

今回の論文では「下垂体」(pituitary gland)から生体内ホルモン遊離を調節している「視床下部」(hypothalamus)、そこに電極を植え込んで「電気刺激」(electrical stimulation)すると、「記憶の場」(memory)である「海馬の神経活動」(hippocampal activities)が活性化され、「認知障害」(cognitive impairments)が改善された。という訳で、研究者はアルツハイマー病治療に向け臨床試験を実施するとの事。問題は「倫理的側面」(ethical aspects)から鑑み、どのように試験を実施するかとの事。じゃ~。