新薬開発の四方山話(78):「他山之石 可以攻玉」という発想法

「他山之石 可以攻玉」とは「他山の石以て玉を攻むべし」と読み、意味は皆さんご存知の「他人の誤りを自分の修養の役に立てること」です。高校では漢文を大学ではドイツ語をそして社会人になってスウェーデン語を習ったのですが、いまは全て「忘却の彼方」。何のための勉学だったのでしょう?TOBIRAの小出徹です。今回はこの発想法に関した治療開発論法をご紹介します。良い意味の「他山の石」ですが。

質問①:イヌに噛みつかれるとウイルスは筋肉内に入り込み、非常に早く効率的に脳内神経細胞にまで達します。さて私は何というウイルスですか?回答①:「狂犬病ウイルス」(rabies virus、RV)です。質問②:脳には血中にある物質がそのまま入らないようにする「関所」がありますよね。なんと言いますか?回答②:「血液脳関門」(blood-brain barrier)です。質問③:ということはRVはB.B.B.を通過するということですか?回答③:はいそうです。質問④:ウイルスは全てB.B.B.を通過するのでしょうか?回答④:いいえ。B.B.B.を通過し易いウイルスとそうではないものとがあります。質問⑤:どうして、B.B.B.の通過性に差異が生じるのですか?回答⑤:それが今回の話題です。さ~始めます。ついて来て下さい。

コラム小出(78)-図1左図は脳神経細胞に取り込まれたRV(赤)を模式的に示します(DOI:10.1126/science.aal0741,Feb. 10、2017)。「神経細胞体」(soma)の「核」(紫色)が見えます。RVに罹患し毎年約55,000人の方が亡くなっています。予防にはRVワクチンを投与です。ではRVはどのようにして脳内に到達するのか?

Tel Aviv大学研究者は末梢神経を用い、その「軸索」(axon)でのRVの動きを観察しました。その結果、RVは生体内に存在する「神経成長因子」(nerve growth factor,NGF)と同様な行動をする事が判明しました。つまり、NGFが結合するp75NTR受容体にRVは結合し、「顆粒」(vesicles)内に取り込まれ、細胞体に向かって移動を始めたそうです。p75NTR受容体がRVに結合しますと、細胞体に運ばれたRVは通常よりも約40%移動速度が促進されて、凄い速さで中枢神経系へと運ばれたそうです。凄い発見!

ここからが本題の「他山之石 可以攻玉」的発想に移ります。質問⑥:このRVの動きから何を連想しますか?回答⑥:そうです。B.B.B.を通過し難い医薬品に応用し、ある種の脳疾患治療に用いる。事実、韓国Sungkyunkwan大学研究者はRVと同じサイズの「金を含んだナノパーティクル」(gold nanoparticles,GN)を作製し、受容体に結合しやすくして脳内へと導き、レーザー光線を照射することで約50oCの熱を発生させ、脳内腫瘍細胞を死滅させる新たなる治療法を考案しました。「う~ん」ですね。

「脳腫瘍」の治療が困難であることは、まえのコラムでも述べました。画期的な発想ではあるのですが (a) GNが腫瘍細胞内に取り込まれているのか、(b) GNが腫瘍細胞外に漏れ出た場合には、正常細胞も死滅する、(c) GN が脳内から消去されるのに時間が掛かり過ぎる、などの疑問が噴出しているそうです。新規治療法を構築する際に付ものの質問ではありますが、当の研究者たちは (d) GNは腫瘍細胞に優先的に取り込まれる成績がある、と言っています。皆さまは、どのようにお考えになりますか?じゃ~また。