新薬開発の四方山話(82):イバラの冠

「イバラの冠」というと何を想像なさいます?英語では「the crowns of thorns」です。「イェス・キリスト」(Jesus Christ)がローマ人によって十字架に処される時に頭にかぶされた「冠」のことです。この「冠」が脳表を取り巻いているというのです(Nature、 543: 14-15、 2017)。下図をご覧下さい。

コラム小出(82)-図1黄色、青色そしてピンク色の3つの神経が脳表全体を取り巻いている事が分かりますね。黒く抜けている部分に脳実質があると思って下さいね。この画像のイメージから「イバラの冠」と称したのでしょうね。

この3つの神経は、いずれも「前障」(claustrum)から出ている神経です。タンスに入れるのは「樟脳」で「小脳」ではありません。また「前障」も「樟脳」ではございません。お間違え無きようお願いします。

「前障」の機能は長い間判然としていませんでしたが、この度米国Allen Institute of Brain Scienceから発表されましたので、ご紹介いたします。なお、今回の成績はマウスで得られたものです。

「前障」は「大脳皮質」(cerebral cortex)の広範囲にわたり「回帰的な結合」(reciprocal binding)をしていることは以前から知られていました。「回帰的」とは「もとの位置または状態に戻ること、あるいはそれを繰り返すこと」を意味します。反対語は「演繹的」(deductive,a priori)ですよ。念のため。

少し専門的になりますが、「前障」は運動系を司る「外包」(external capsule)と「最外包」(extreme capsule)の間に位置し、 哺乳類全般に渡り存在していことが知られています。なお、今回ご紹介する研究グループの一人は「DNA二重ラセン構造」(DNA double helix structure)を発表し、ノーベル医学生理学賞を受賞したFrancis Crick氏です。同氏は遺伝子から脳科学の研究へとテーマを移した訳です。

今回発表された研究手法は「3次元脳イメージング」(3D Brain Imaging)です。世界で初めて創出された手法です。上図からも明らかなように「前障」から出た神経細胞は、大脳皮質表面全体に広く分布していることが示されました。まさに「イバラの冠」のように見えますね。素晴らしい研究成果です。

これまで「前障」の「生理学的機能」(physiological functions)は良く知られていませんでしたが、今回の実験成績から「前障」は「運動野」(motor cortex)に限らず「感覚野」(sensory cortex)にも分布していることから「意識」(consciousness)という「基本的な機能」(basic functions)を操っていることが判明しました。ご存知のように「意識」と「無意識」(unconsciousness)は、脳科学におきましては極めて重要なテーマで、今後も益々解明されていくことが期待される研究領域です。とくにヒトにおいて発達した「言語中枢」(language center)の解明に役立つ手法となるでしょう。

この方法で明らかにされる「個々の脳内神経系走行」(running of individual neurons within the brain)と「遺伝子発現」(gene expressions)との比較検討もできるようになりますし、また神経系の「インプット・アウトプット」(inputs & outputs)の解析も可能になります。今後に大いに期待しましょう。