新薬開発の四方山話(83):毒は毒をもって制す

「藪から棒に」(abruptly,all of a sudden)質問から始めます。お許し下さい。質問①:「多発性硬化症」(multiple sclerosis, MS)と「I型糖尿病」(type I diabetes mellitus, DM-I)の共通点を述べて下さい。回答①:どちらも「自己免疫疾患」(autoimmune disease,AID)です。質問②:AIDはどのようにして起こるのでしょうか?回答②:血液中に「自己抗体」(autoantibody, aAb)が産出され起こります。質問③:ではaAbとは何ですか?少し詳しく述べて下さい。回答③:aAbとは、自分の体の中にもともと存在する成分(これを「抗原」(antigen)と言う)に対して結合する血液中タンパク質の一つです。aAbは色々な臓器に影響を与え、時には標的臓器を完全に破壊する可能性もあります。aAbはAIDの病因である可能性がありますが、aAbは単に疾患の症状のひとつであり病因ではないと言われています。それでは質問④:AIDを治療する手段を考えて下さい。どうすれば良いでしょうか?回答④:aAbを体内から消去すれば良い。そうですね、その通りです。では最後の質問⑤:どのようにしてaAbを体内から消去しますか?今回この質問にお答えいたします。米国Whitehead Instituteからの報告です(PNAS, Mar.2017)。

aAbを消去するには「人為的な抗原」(artificial Ab)を生体外で作製し、血中に入れてやれば良い訳です。そうすれば、この「人為的な抗原」は患者の血中に存在するaAbと結合し、究極的に疾患が治癒する可能性がありますね。米国研究者たちは、この原理を応用して「人為的な抗原」を作製したようです。

コラム小出(83)-図1「人為的な抗原」の化学構造式を左図に示しました。「赤血球」(red blood cells, RBC)を用いています。RBCは全身に行き渡り、宿主免疫系に影響を及ぼすことなくヒトでは120日間(4か月)でリサイクルされます。ここに「Kell抗原系」(Kell antigen system)というAIDの標的となり、RBCを破壊する分子量93-kilodaltonを導入し、sortase Aという独自で研究開発した酵素を結合させ、抗原性がある「ペプチド」(peptide)と結合させ「人為的な抗原」を合成しました。この合成法は米国Whitehead Instituteが発明した方法ですNature Chemical Biology 3:707 (2007)。LPETGGGはペプチドでL=ロイシン、P=プロリン、E=グルタミン酸、T=スレオニンそしてG=グリシン。

一般的に私たちの「免疫系」(immune system)は自己抗原ペプチドを認識しないようになっています。これを「免疫寛容」(immune tolerance)と言い、この機構が破綻し、自己抗原に免疫応答することがAIDの原因であると考えられています。つまり、これらのことを考え合わせますと、上図の「人為的な抗原」は、何らかの機序を通して(詳細は目下不明)、この「免疫寛容」を刺激し、AIDに対して「予防・治療効果」(preventive/prophylactic or preventive effects)を発現すると期待されますよね。

実際、この「人為的な抗原」をマウスのMSおよびDM-1モデル動物に投与したところ、それぞれ完治したとのこと。これら研究者の作業仮説が正しいことになります。「人為的な抗原」は元来、生体にとっては「毒」。よって、この治療法は「毒は毒をもって制す」の典型ですね。問題は、この実験に用いたRBCは「免疫学的に不活性」(immunologically inert)ではない点にあるとのこと。小出徹でした。