新薬開発の四方山話(58):夢か現か幻か?

この標題を英語に訳すと “Is this a dream or a reality or a vision?” となります。「この標題と医薬品の研究開発は関係しているのか」と素朴な疑問が湧いてくるでしょう?でも関係あるのです。ご案内役は、いつものTOBIRAの小出徹です。「信じられない発見が医薬品開発の過程には、あるものなのです」。

今年も我が国から「The Nobel Prize in Medicine or Physiology 2016」が選ばれた。東工大の大隅良典先生です。大変嬉しいことです。4年前の2012年には、山中伸弥先生が同賞を受賞したばかりで、将に「快挙」(brilliant achievement、 remarkable deed)。日本国民の一人として誇りに思います。

2014年には、理研の高橋政代先生が「人工多能性幹細胞」(induced pluripotent stem cells,iPS)由来の「網膜色素上皮細胞」(retinal pigment epithelial cells)を使って、「加齢性黄斑変性症」(age-related macular degeneration,age-related maculopathy,AMD)患者の治療を試みました。山中先生、高橋先生とくればiPS細胞ですね。iPS細胞とくれば「再生医療」(regenerative medicine)となります。そこで、今回は「再生医療」を題材に取り上げて、最近の論文から新しい情報を提供いたしたく存じます。

さて「再生医療」とは「さまざまな臓器や組織が欠損あるいは機能障害・不全に陥った場合に、失われた機能を再生することを目的として細胞や組織を移植することです。つまり、臓器や組織の機能を再建する医療を総合して再生医療と呼びます」。ところで1968年に札幌医大・和田寿郎先生の執刀のもと、本邦初めてで世界で30例目の「心臓移植」(heart transplantation)なども「再生医療」に含まれます。

今回ご紹介するのは「ヒト幹細胞」(human embryonic stem cells,ESC)を用い、「脊髄損傷」(spinal cord injury,SCI)を治療するという「大胆な試み」(audacious deed)です。「脊髄」は神経解剖学的には「脳」と並んで「中枢神経系」(central nervous system、 CNS)に含まれます。ご注意あれ!

コラム小出(58)-図1SCIでは「麻痺」(paralysis)と「痺れ(しびれ)」(numbness)が主要な臨床所見ですが、これに加えて「慢性神経障害性疼痛」(chronic neuropathic pain)や「膀胱傷害」(bladder dysfunction)が臨床的な問題となっています。そこで、この治療を目指しマウスSCIモデルを用い、ESCを「腰仙部位」(lumbosacral region)に移植したUCSFの研究者たちの業績です。従来は「慢性神経障害性疼痛」にはオピオイド、その他の鎮痛剤、ならびに抗鬱剤が投与されてはいました。が、「臨床効果には限界」(limited clinical efficacy)がありました。また「膀胱傷害」には「抗コリン剤」(anticholinergics)や「ボツリヌス毒」(botulinum toxin)が処方されていますが、効果は「一時的」(transient)でしかありません。そこで、QOLを上げるためにも、新しい治療法が望まれています。

UCSFではマウスSCIモデルを作製して「2週間後」にESCを「腰仙部位」に移植したところ、抑制作用を有する「GABA神経系」(gamma amino butyric acid、 GABA)が誘導され、元々興奮していた神経活動が抑制され「慢性神経障害性疼痛」も「膀胱傷害」も著明に改善されました。信じられませんね!SCI患者の治療は慢性期に開始されますので、ヒトでの臨床効果が期待されています。「夢か現か幻か?」