新薬開発の四方山話 (12): 糊(のり)と言われし我ら家族

「糊」を英語で「glue」と言います。私たち家族の名の起源は「糊」。この単語から派生しました。そうです、私たちの名は「グリア細胞」(glial cells)です。神経細胞と神経細胞とをつなぎ合わせる「糊」。

脳の中に「ひっそり」と棲んでいます。日本の伝統芸能の一つである「能楽」に例えるならば私は「黒子」。「シテ」はいつも神経細胞です。欧米の人たちは、昔私たちのことを「silent partner」(黙りこくったパートナー)と呼んだこともありました。捉え方によっては、私たちに「失礼」ですよね。

私たちは3つの家族で仲良く脳内で暮らしています。「掃除」係の「ミクログリア」(microglia)、神経細胞の「ご飯・栄養補給係」の「アストログリア」(astroglia)、神経細胞から電流が漏れ出ないようにする「絶縁体」の役目をする「オリゴデンドログリア」(oligodendroglia)です。    いままでは、いつも神経細胞が主役だったのですが、そんな私たちが最近になって「どういう訳か?」脚光を浴びてきました。こんな状況に私たち自身でさえ驚いています。

私たちの生活に「光」を下さったのは、Stanford大学神経学者たちです(J. Clin. Inv.、 Dec. 8、 2014)。「ミクログリア」が脳内をいつも見張っている警官の役割を果たしており、「ミクログリア」の機能が正常である限り「アミロイドベータタンパク質」(Aβ)が貯まることはないという仮説を世界に向けて提出しました。つまり、「アルツハイマー病(AD)にはならない」という大胆な仮説です。驚きですね。

二つ目の家族について触れます。下にある写真を見て下さい。

コラム小出(12)-図1

図1血液脳関門(Brain 132(12)、3716DOI:10. 2015)

これは脳の中にある細い血管系です。血管径は数十μ(ミクロン)です。この血管系は脳内に

有毒な物質が入らないように常時警戒する装置。専門用語では「血液脳関門」(B.B.B. Blood-Brain Barrier)と言います。これは「微小血管」(microvessels)(図1黄色の部分)と「アストログリア」から構成されています。写真では「アストログリア」は見えませんが、「微小血管」外側にぴったり付着しています。血液中の酸素、ブドウ糖やその他の物質の輸送を制御していす。脳梗塞、脳出血やくも膜下出血に罹患すると、B.B.B.の機能破綻が起こり、血管内物質の透過性が異常亢進します。また血管内の水が脳神経細胞内に入り込みます。これを臨床的には「脳浮腫」(brain edema)と言います。図1に青く映っている部分があります。これが「Aβ」です。嫌ですね。「Aβ」は通常は細胞内にあるのですが、このように外側にまで浸潤してきます。これが剥がれたら、脳内で「小出血」が起こります。「Aβ」と「小出血」とが同時に起こるとADは悪化に一途を辿ると考えられていますので、B.B.B.で出血が起こらないよう注意する必要があります。

最後にご紹介するのが「オリゴデンドログリア」です。「絶縁体」の役目をしていますが、例えば自己免疫疾患などで構造破壊が起こりますと「多発性硬化症」(MS、 multiple sclerosis)や「視神経脊髄炎」(neuromyelitis optica、 NMO)などが発症します。

ところで「歩く速度が脳の神経活動を反映している」ことをご存知でしたか? 「AD」に罹患した患者様は、 健常人よりも歩く速度が「ど~ん」と落ちてしまうそうです。平均年齢76歳で128人の被験者から最近得られた臨床成績です(Neurology、 December 2、 2015)。TOBIRAの小出徹でした。じゃ~。