新薬開発の四方山話(69):アキレスと亀

「あなたのアキレス腱は?」と聞かれると、私はちょっとムッとして「脳みそです」と答えるようにしています。この場合の「アキレス腱」とは「弱点」(weak points)を意味し、英語では「Achilles tendon」と言います。ところで、 標題の「アキレスと亀」を以前に聞いたことがおありですか?答えは多分「はい」。

「走ることが遅いもの(亀)ですら、早く走るもの(アキレス)によって追いつかれることは決してなかろう。何故ならば、アキレスが亀に追いつく以前に、亀は走り始めた点に着かなければならず、亀は常に幾らかずつ先んじていなければならないからである」(”Physics”, Aristotle)。この有名な文章の数学的、物理的そして哲学的な解釈に関しましては聡明な皆さま方に委ねたいと考えます。良いですよね?

さて、こんなことを「脳裏の隅において」(come across one’s mind)今回の話題に入ります。私たちの身体には60兆個の細胞がありますが、解剖機能的に簡単に分類しますと血管、神経、免疫、内分泌、骨、血液そして筋肉系とでもなりますか。そこで、今回扱う話題は「血管と神経系」です。では始めます。

「疾患の発症過程」(pathogenesis of a disease)において、どちらが「アキレス」でどちらが「亀」かを推測する思考過程を「因果関係」(causality)を探ると言い、大抵の場合研究者間で「反駁します」(refute)。ところで「血管系で起こる炎症像」をangiopathy、「神経系で起こる炎症像」をneuroinflammation とそれぞれ総称され、お互い「連関し合って」(linkages)疾患の発症に寄与します。「21 Nov. 2016、 Nature Communications」に格好の研究論文が掲載されていましたのでご紹介します。

コラム小出(69)-図1繊維状のアミロイドが沈着する疾患には「全身性」(systemic)と「限局性」(localized)とがあり「アミロイドーシス」(amyloidosis,AML)と総称され、前者には透析AML、 老人性AMLや免疫グロブリン性AML、後者にはアルツハイマー病(AD)、プリオン病や脳アミロイドアンギオパシーがあります。左図をご覧ください。これは「脳微小血管」(brain microvessels,MVs,赤)と「血管性アミロイド」(vascular amyloid、 緑)を示した画像です。とくにamyloid β-protein (Aβ)が蓄積する現象を「脳血管性アミロイドアンギオパチー」(cerebral amyloid angiopathy,CAA)と言いADに共通して認められます。またMVsは「血液脳関門」(blood-brain barrier,B.B.B.)を形成していますので、血中から「脳実質細胞」(brain parenchymal cells,bPC)への「物質輸送」(transportation of blood borne substances)に影響を及ぼしますし、bPCがおかれている「微小環境」(microenvironments)をも大きく変化させます。bPCとは、具体的には神経細胞やグリア細胞などを指します。ここで素朴な疑問が生じます:「amyloid,amyloidと言うけど化学的に一種類なの?」なかなか本質的なご質問ですね。お答えいたします。実は何種類かあって「神経毒」(neurotoxicity)の強度が異なります。つまりMVsで検出されたamyloidとbPCである神経細胞で認められた「老人斑」(senile plaques)のamyloidとは異なっている可能性があります。平たく言いますと「どちらのamyloidがアキレスかそれとも亀か?」という話に落ち着き、病態形成に相互に関連しあっているかも知れませんね。そこに「一石を投じた」(creating a stir)のが今回の論文でした。じゃ~また。