新薬開発の四方山話(72):乾坤一擲の治療を施す

質問:この疾患に罹ると5年以上の「生存率」(survival rates)は僅か10%という「難病中の難病」(intractable or malignant diseases)と言えば、さて「疾患名」(disease name)は? TOBIRAの小出徹です。回答:「神経膠芽腫」(glioblastoma, GB)です。いきなりの質問で度肝を抜かれましたか?

GBは45歳以上の男性に好発し、年間78、000症例が「脳腫瘍」(brain tumors)と診断され、そのうち15%がGBであると米国では報告されています。さて、一般的にGBの治療は”temozolomide”による「化学療法」(chemotherapy)および「放射線療法」(radiation therapy)を実施、その後に「外科的手術」(surgical operations)で腫瘍を除去しますが、治療成績は芳しくはありませんでした。そこで今回は、この病に「乾坤一擲」(stake all on something,play for all or nothing)の治療を施そうと立ち上がった米国医療チーム(Johns Hopkins Medicine)の勇猛果敢な試みをご紹介いたします。

コラム小出(72)-図1左図をご覧ください。最近脚光を浴びている「ガン免疫療法」(cancer immunotherapy)の細胞機序をまとめたものです。PD-1 (programmed cell death -1,免疫細胞に発現) とPD-L1 (programmed cell death ligand –1,がん細胞に発現)が結合することによって免疫細胞によるガン細胞殺傷効果が阻止されます。そこで、この結合を抗体などで阻害すれば、免疫細胞による抗腫瘍効果が発現すると期待できます。実際これらの抗体は臨床試験の結果、抗腫瘍効果を発現し、種々のガン治療に用いられるようになりました。また、抗PD-1抗体や抗PD-L1抗体のほかに抗CTLA-4(cytotoxic T-lymphocyte-associated protein 4)抗体も臨床応用されています。この3つなかで米国医療チームは「抗PD-1抗体治療法」に着目しました。

具体的には「ガン免疫療法」と「化学療法」の併用です。ただし「化学療法」は「諸刃の剣」(double‐edged sword)で免疫能を落とす欠点があります。そこで「全身有害作用」(systemic adverse effects)が発現せず抗腫瘍効果のみを発揮させる目的で「化学療法剤」である”carmustine”(temozolomideと同じアルキル化剤で頭蓋下インプラント承認取得)をマウス脳腫瘍内に直接徐放投与しました。血中リンパ球数を計測した結果、全身投与の場合は激減しましたが、脳内投与の場合は著変を認めませんでした。

「ガン免疫療法」と「carmustine化学療法脳内投与」併用群では100日後には80%の生存率、「ガン免疫療法」と「carmustine化学療法全身投与」併用群では生存率は50%であり、有意な差が認められたとのことです。また、別の実験系においても「ガン免疫療法」と「carmustine化学療法全身投与」を併用した後にがん細胞を移植した場合には前例が死亡、「ガン免疫療法」と「carmustine化学療法脳内投与」を併用した群では全例生存したとのこと。結局「化学療法全身投与」は危険であるとの結論に至りました。

今後は同様の試験を”temozolomide”で実施し、「ガン免疫療法」と「化学療法」の投与順番を変えるなど臨床現場での使用法を考慮しつつ「脳外科医」(neurosurgeons)的な発想で研究を続行するとのことです。近々臨床試験を実施すると意気込んでいます。「乾坤一擲の治療を施す」でした。じゃ~また。