新薬開発の四方山話(25):”Through philanthropy ~”が意味するところ

藪から棒にタイトルにして和語ではなく外来語で申し訳ございません。でも「Philanthropy」という英単語の意味を知っている方は、失礼ながら、そんなには多くはないと想像します。「Philanthropy」の「philos」とは「philosophy」(哲学)の「philos」と同じく「loving」(愛する)を意味し、「anthropos」とは「human being」(人間)を意味します。総じて「Philanthropy」の意味は「博愛・人間愛」とでもなりましょうか。ちなみに「哲学」と翻訳したのは明治時代の啓蒙家・西周(にし・あまね)ですが、本来は「愛智」と訳すべきだったと私は個人的に思っています。余談ですが「上智大学」(Sophia Univ.)の「上智」(Sophia)は「神の叡智」を意味しますから、「叡智大学」と訳すべきだったのではないでしょうか?

本題に移ります:「through philanthropy」とは「人間を慮る深い愛から」という意味かな?これに続く文章を訳します:「私たちは人間を慮る深い愛から、どのような成績が出るか皆目見当がつかない実験科学に巨額の資金を投入するという賭けをしました。その結果、幸いにも動物で得られた知見をそのまま人間に当てはめることができそうな成果が得られました。」なんと素晴らしい表現ではないでしょうか!

この言葉は「Broad Institute of MIT and Harvard」(マサチューセッツ工科大学・ハーバード大学共同研究所)の研究員の一人から発せられました。なお、彼らの成果はNature (2016)に発表されました。それでは、この超一流の研究者たちの成果について触れます。いつものTOBIRAの小出徹が案内します。

統合失調症(schizophrenia、 SP)に対する原因療法はいままでのところ存在せず、既存の療法は全て対症療法です。ところが、今回の大発見から原因療法に対する道が開かれるかも知れないのです。画期的なことです。なぜ発見できたのか?神経系から免疫系への発想の転換と遺伝子操作法が功を奏しました。

今回の主役は「補体」(complement)です。「補体」とは病原体を排除する際に抗体及び貪食細胞を補助する免疫システムを構成するタンパク質のことで血中に存在しています。体内に侵入してきた細菌に抗体が結合すると「補体」は抗体によって活性化され、細菌の細胞膜を破壊して生体を防御します。

コラム小出(25)-図1

「補体」には9種類ありC1~C9と略します。この中で今回とくに着眼した「補体」はC4です。つまりC4が活性化されると、脳内で一体どのような現象が引き起こされた?それを研究者たちは検討しました。答えは、C4が活性化されると「神経細胞と神経細胞の連絡網が破壊される」(シナプスが激減する、synaptic pruning)ことが判明しまた。とくに脳内で神経細胞連絡網が活発になっている時期(例えば思春期など)に、この現象が起こりますと、認知機能障害などSPに特有な障害が出現します。

SPの患者さまの大脳皮質ではシナプス数が健康人より激減している、あるいはSPは思春期などで発症するなどの医学的なエビデンスとよく一致します。つまりC4の活性化を抑制さえすればSPの原因療法が確立される可能性があります。実際C3やC5の特異的阻害剤の臨床研究が溶血病の患者さまを対象に実施されています。C4の特異的阻害剤が発見されればSPは完全治癒されるかも知れませんね。じゃ~。