新薬開発の四方山話(85):ある疾患に「あたった」って一体どんな疾患?

北海道や秋田の方言で、ある「疾患に掛る」ことを「あの人は~にあたった」と表現します。さて、この「~の疾患名」を「あてて」下さい。答えは「脳卒中」(stroke)のことです。「卒中」は「急に、突如」の意味の「卒」と「中」から成り立ち、「中」は「あたる」と読みます。私の友人にも名前が「中くん」がいます。因みに「中毒」とは「毒に中る」です。ご存知でしたか?そこで今回は「脳卒中」を扱います。

コラム小出(85)-図1「脳卒中」とは「脳血管障害」(cerebral vascular diseases)のことです。日本国内死亡率はガン、心疾患に次いで3位です。左図をご覧下さい。これは「脳卒中」の分類で「脳梗塞」(cerebral infarction, CI)、「脳内出血」(cerebral hemorrhage)とクモ膜下出血(subarachnoid hemorrhage)などに分類されます。この中で患者数が一番多いのがCIですので、以下ではこのCIのみを扱います。では始めます。驚くことなかれCIの治療剤は、世界ではたった一剤で「組織プラスミノゲン活性化因子」(tissue plasminogen activator, tPA)だけです。そもそもCIは脳血管に「血栓」(blood clots)が詰まってしまい起こる疾患です。この「血栓」をtPAは溶解し臨床効果を発現します。ところが、このtPAはCIに「あたって」から3時間以内に投与しなければならないという「縛り」(binding)があり(最近では4.5時間に拡大されました)、この薬剤の恩恵を受けられる患者数は限られていました。殊に日本では救急車の中では治療ができないため困難を一層極めました。そこで、もっと汎用性があるCIの治療剤を創製する必要がありました。

これらの歴史的な事実背景に触れつつ、米国Augusta Univ. からこの度発表された論文(The Lancet Neurology, 2017)をご紹介いたしたいと思います。CIの薬品開発研究は世界中で実施されましたが、全て「有効性に問題あり」ということで姿を消しました。様々な作用機序の薬剤が臨床試験で試されましたが、結局tPAしか残らなかったのです。これらの状況から「発想の転換」(thinking from a different angle)を図らざるを得なくなり、目下精力的に新治療法が開発中です。下図をご覧ください。この臓器は「なにか?」想像してみて下さい。ソラ豆に似た形ですね。重さは100~200g、 12cmx 7.5cm x 5cm位の大きさです。病原体に対する免疫機能、造血機能、赤血球ヘモグロビンの破壊そして血液の貯蔵などの機能を有しています。コラム小出(85)-図2これは「脾臓」(spleen)です。一体CIと脾臓ってどんな関係? CIのモデルを作製し脾臓を除去するとCIによる脳神経細胞死が有意に抑制されることが示されました。これは脾臓から「単球」(monocytes)や「マクロファージ」(macrophages)が遊離され脳神経細胞を死滅させるからだと考えられています。さらにヒト骨髄由来性幹細胞をCIのモデルに投与すると脾臓の機能が正常化し、脳神経細胞死が有意に抑制されたとのこと(2015)。この臨床試験が米国と欧州で終了しました。今後日本も巻き込み臨床試験が実施予定。