新薬開発の四方山話(54):発想転換こそ命綱 ― 難病に立ち向かう ―

TOBIRAの小出徹です。ドイツ精神科医であるアロイス・アルツハイマー(Alois Alzheimer)が嫉妬・妄想(jealousy/delusion)ならびに記憶力低下(memory retardation/impairment)をきたした女性患者について、アルツハイマー病(Alzheimer’s Disease、 AD)という疾患概念(disease concept)を1910年に提案し受理されて100年以上の月日が経ちました。この事は以前四方山話でも触れましたね。

さて欧州諸国のなかで特にドイツ、イギリスそしてスウェーデンは脳神経系の基礎・臨床医学研究が盛んな事で世界中にその名を轟かせていますが、今回はイギリスからの発表についてご紹介します。

ADの発症原因は二分類されます;(1) 環境因子などにより偶発的(sporadic)に発症し、患者の90 ~ 95%を占めるAD。(2) 遺伝子によって支配されている家族性(familiar)でダウン症(Down’s Syndrome)も含まれる患者の5 ~ 10%を占めるAD。また若年性ADと65歳以上のADがあります。

ADの神経病理学的な特徴(neuropathological characteristics)は二つです;(1) 老人斑(senile plaques, amyloid β-protein, Aβ)が細胞外に蓄積し、(2) 神経原線維(neurofibrillary tangles, phosphorylated τ―protein, PτP)は軸索(axons)細胞質内に蓄積します。前者の場合は神経細胞間の連絡が滞りますし、後者の場合には、 チューブリン(tubulin)が主役となっている軸索輸送(axonal flow)に障害が起こり、 臨床症状(clinical symptoms)として記憶障害、徘徊(wandering)などの行動異常(abnormal behavior)そして自立性が急激に欠損する(progressive loss of independence)などです。

コラム小出(54)-図1ADに罹患する(左図・右)と神経細胞が死滅し、回(かい、gyrus、 脳実質)の容積が減少、溝(こう、sulcus、 し

わ)が増え、側脳室(lateral ventricle)が拡張します。

ADの治療法はAβ生成阻害剤(β-secretase inhibitor)、脳内で生成されたAβを消去する抗Aβ抗体やPτPリン酸化阻害剤などが目下臨床試験中ですが、なかなか良い成績は出ていません。そこで「発想の転換」(thinking from a different angle)に迫られた。

そこは伝統あるイギリスの学者たち。近年製薬企業が開発に失敗し続けた理由は「ADに対し生物学的なアプローチしかしなかったためだ。発想の軸を化学的あるいは物理的な側面へと転換すべき」。そして「ADの二つの原因タンパク質、AβもPτPもタンパク質の凝集体(aggregates)。ちょうど食塩水の中でタンパク質の結晶が析出くる現象と捉えられなくもない。つまり、’結晶の種’ができないようにしてやれば良い。」ということで、低分子化合物「ニューロスタチン」(neurostatins)を老年初期から内服し始めることによりAD発症時期を今より3~5年間延長さえすれば、AD患者数が激減する」と考えた。つまり「ADという病態の進展を止めるのではなく、発症を延長すれば良い(not halt the disease、 but just delay it)」との結論にいたった。具体的に低分子化合物も特定したとのことで、今後のAD治療はHIV治療と同様に「併用療法」(combination therapies)をすべきで「単剤で百発百中の医薬品(a single ‘magic-bullet’)などはない」ときっぱり断言。如何でしょうか?本物の学者たち仰る言葉の重みたるや。正真正銘の「発想転換こそ命綱」路線をまっしぐらです。じゃ~。