新薬開発の四方山話(55):「極小から極大の世界」へ ―ミクロの決死圏―

昔々「ミクロの決死圏(”Fantastic Voyage”, USA, 1966)」という映画が本邦で放映されました。「将来の医療の進歩を予想し、当時研究されていた医療技術を取り入れ、医療チームを乗せた潜航艇をミクロ化して体内に注入し、脳血管内部から治療する」といストーリーでした。映像描写に西洋近代医学のスケール観がふんだんに表出されており、少年だった私は胸の高ぶりを覚えました。TOBIRA小出徹です。

さて、新薬を研究開発する場合、最初に必ず「医薬品が目標とする標的分子(target molecules)」を考えなくてはなりません。標的分子は、ある時は酵素(enzymes)であったり、またある時は受容体(receptors)であったり、さらにある時はサイトカイン(cytokines)であったり、目指す疾患によって千差万別です。さて、これら生体内物質(endogenous substances)の共通点は何だと思いますか?

そうです。これらの物質は全てタンパク質(proteins)なのです。では次の質問です。タンパク質は、どのようにして体内で生成されますか?そうです。核酸(DNA, RNA)から作り出されています。実はこのタンパク質生成過程で変異(mutations)が生じますと、様々な疾患(diseases)が誘発されます。という訳で、今回は「極小の世界を酵素」に「極大の世界を疾患」と捉えることにして話を進めましょう。

一般的に疾患において、酵素活性が上昇している場合には「阻害剤」(inhibitors)を逆に酵素活性が減弱している場合には、遺伝子導入して補完し「活性化剤」(activators)を狙います。また酵素を扱う場合には、その酵素活性のみならず関連がある酵素活性も考慮しなければなりません。実例を挙げます。

パキスタンとオーマンで生まれた子供に共通の神経疾患が発症しました。臨床症状としては、痙攣性両下肢運動麻痺(spastic paraplegia)、知性低下(intellectual disability)そして出産後の脳成長の不全(below-normal postnatal brain growth)です。疾患名が特定できないまま、5年間以上も米国で研究が続けられました。その結果、原因が染色体16異常によるGPT2(glutamic-pyruvic transaminase 2,グルタミン酸ピルビン酸トランスアミナーゼ2)欠損であることがマウスの実験で示されました。

グルタミン酸は脳内で多くの神経ネットワークを形成している神経系であとともに、「記憶の形成」(memory formation)にも関与している興奮性アミノ酸です。また、ピルビン酸はエネルギー生成に関係するTCA回路の基質でもある。更にGPT2は「生命の源」である「ミトコンドリア」(mitochondria)に存在していることが判明しました。これらの事実から、GPT2が如何に重要な酵素か理解できます。最近では「ミトコンドリア機能の見直し」が始まっており、今後の研究に大いに期待したいと思っています。

コラム小出(55)-図1「Rett病」(Rett Syndrome)は1万人~1.5万人に一人の割合で女児出生時に発症します。持続的自傷行為(repetitive injurious behavior)、歩行不全(disability to walk)あるいは痙攣を主症状とします。

40歳までは生存しますが、それ以降は不明です。この原因について、米国の神経小児科医が研究を重ねた結果、MeCP2(methyl CpG binding protein-2,メチルCpG結合タンパク質)機能不全であることが判明しました。MeCP2は神経シナプスに存在し、他の遺伝子発現を制御し、Rett病ばかりか強迫性障害(obsessive compulsory disease)等にも関与しており、本酵素活性化剤の研究が推進中です。じゃ~。