新薬開発の四方山話(38):「毒と薬のはざま」&「人間社会を取り巻く化学物質」

いまから凡そ20年前、1995年3月20日午前8時頃、我が国が未だ嘗て経験したことのない大事件が勃発しました。乗客並びに駅員13人が絶命。負傷者の約6、300人に上り、現在でも「PTSD」(post-traumatic stress disorder, 心的外傷後ストレス障害)を患っている方々がたくさんいます。そうです。「地下鉄サリン事件」のことです。覚えていらっしゃいますか?今回は、この話題から話を始めます。

この事件で使用された「毒薬」(toxic substance)は「サリン」(ドイツ語でsarin)です。ちなみに「生理食塩水」のことを英語で「saline」と言い、正しくは「セィーリン」と発音するのですが、私が学生の頃は、皆がロ-マ字読みで「サリン、サリン」と発音していました。まったく同じ発音でも、方や殺傷能力を有する「毒薬」、方や静脈内に投与し「輸液」(infusion solution)として汎用されている。「似て非なるもの」(falsely similar)の「典型」(typical)です。さて、ご案内役はTOBIRA小出徹です。

そもそも「サリン」はドイツ帝国で有機合成され、その合成に携わった人名の頭文字を取って命名されました。アドルフ・ヒトラーは「サリン」を第二次世界大戦中に投入したかったのですが、幸いにも使用されませんでした。最近では、残念にもイラン・イラク戦争でクルド人の虐殺用に使用されました。

「サリン」は化学的には有機リン酸化合物に分類され、代表的な「農薬」(insecticides, pesticides)です。実は「AD治療剤」として世界的に処方された「アリセプト」(エーザイが研究開発社)も、これら「農薬」と同じ作用機序を有しています。ある生体内の「酵素活性」(enzyme activities)を「農薬」は「非可逆的」(irreversible)に阻害し、医薬品である「アリセプト」は「可逆的」(reversible)に阻害する作用を有しています。言葉を換えれば「毒薬・農薬」と「医薬品」とは「同じ穴の貉(むじな)」(”Birds of a feather ”)だった訳です。なお「非可逆的」とは、 一旦酵素に結合したら二度とは離れないことです。どうですか、タイトルの「毒と薬のはざま」の真意がお分かりになったでしょうか?

続いて「人間社会を取り巻く化学物質」として「内分泌かく乱物質」(endocrine disruptor)と「PM2.5」を取り上げます。後者は「PM」(particulate matter、 粒子状物質)で直径が2.5μmの微粒子のことです。

「内分泌かく乱物質」とは「環境ホルモン」とも呼称され、本来の生体内に存在するホルモンと同様に低濃度でも生体に対して悪影響を及ぼす可能性があり、生殖機能や生殖器の構造異常が生じると報告されています。近年、人間の人口が爆発的に増加したことから、人間が排泄するホルモンの他生物に与える影響も懸念されています。

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さて、左図をご覧下さい。PM2.5が如何に小さな粒であるか理解して頂けるでしょう。成分は炭素、硝酸塩、硫酸塩、ケイ素、アルミニウムやナトリウムです。自動車、飛行機、火山、火力発電所、工場などから排出されます。これらのガス状物質が光やオゾンと大気中で反応し、PM2.5が生成されます。微粒子であるので気管、気管支を通って肺の奥まで入り込み、喘息や気管支炎を悪化させます。最後の話題は「殺菌剤」(fungicides)についてです。

最近の論文(Nature Com., 2016)によりますと、「殺菌剤」をヒトが吸うことで自閉症(autism)や神経変性疾患で見られる遺伝子変異が起こったとのことです。「お~怖い、怖い」ですね~。じゃ~。