新薬開発の四方山話(5):お薬に金属が含まれているって「ほんとう」ですか?

突然こんな表題で恐縮です。TOBIRAの小出徹です。金属というと「固い、冷たい、電流を通す」あるいは「針金、釘、電池」などを想起する方々が多いのではないでしょうか?如何でしょうか?それはさておき、答えから申し上げます。「はい、ほんとう」です。幾つか実例を挙げてみましょう。貧血のお薬には「鉄(Fe)」、 胃潰瘍のお薬には「アルミニウム(Al)」、 催吐剤(さいとざい:吐き気を起こすお薬)には「銅(Cu)」、軟膏には「亜鉛(Zn)」そして気分安定化剤には「リチウム(Li)」がそれぞれ含まれています。

今回話題として取り上げるのは「リチウム(Li)」。Li(lithium)はアルカリ金属に属し、「石」を意味します。Liと言いますと、大抵の方は「リチウム電池」と結びつけると思います。ところが、医薬品では「気分安定化剤(mood stabilizer)」として米国で初めて承認されました。世に出廻っているLi系医薬品の化学構造式は非常に単純で、塩化リチウム(LiCl)と炭酸リチウム(LiCO3)です。その他「気分安定化剤」には抗痙攣剤のバルプロ酸やカルバマゼピン、非定型統合失調症治療剤であるアリピプラゾール、オランザピンやクエチアピンなどがありますが、「躁(mania)と鬱(depression)」とが繰り返して発現する「双極性障害(bipolar disorder)」に良く処方されています。このLiClやLiCO3ですが、昔から「躁にのみ効く」&「鬱にのみ効く」のに「躁・鬱両方には効かない」ことが知られていましたが、その原因の一端がこの度究明されました。本研究成果は、たまたま私と共同研究をしたことのあるRusty Gageという米国の方からの発表です(Nature、 527: 95 (2015))。Gageらは双極性障害患者6名の皮膚から幹細胞(stem cell)を作製し、神経細胞を誘導しました。このようにして得られた神経細胞を正常人と比較したところ、患者の神経細胞は正常人よりも活発化された状態にあり、とくにエネルギーを作り出している細胞小器官のミトコンドリアの活性化が顕著でした。

実は、この6名のうち3名はLiClやLiCO3投与で臨床効果がありましたが、残りの3名は全く効きませんでした。そこで、これらの患者から得られた神経細胞の反応を最初に確かめ、その後それぞれの神経細胞をLiが含まれた培養液中で培養し、神経細胞に刺激を加える実験を行いました。その結果、驚いたことに、最初の刺激に対しては同じように反応しましたが、Liの培養液で培養された神経細胞では全く違う挙動反応を示しました。つまり、臨床効果が認められた3名から得られた神経細胞では興奮性が弱められていましたが、臨床効果がなかった残りの3名の神経細胞では、興奮性が減弱するどころか、逆に過興奮していることが確かめられました。この興奮性の違いを指標にすれば、新しい医薬品を創製でき、かつ過興奮を抑え込む化合物は、双極性障害を治療し得る可能性が出てきます。次の研究課題は、過興奮反応が「躁状態」の初期状態を反映しているのか、それとも持続的な反応であるのか確かめるとのこと。このことにより「躁と鬱」を神経科学的に探索するとのことだそうです。どのような結果が得られるか楽しみですね。

一般的に脳に作動する医薬品は、複雑な化学構造式を持っているものが多いですが、Liは例外的と言えるでしょう。また生体位(in vivo、 in situ)でおこる事象を試験管内(in vitro)で起こすことができれば、様々な操作(manipulation)ができますので、医薬品創製にとって強力な武器になります。じゃ~。