新薬開発の四方山話(28):哺乳類でもない「私」は医薬品の研究開発に汎用されています

「私は哺乳類でもないのにヒトの治療に用いる医薬品の研究開発に汎用されています。さて私の名前は何というのでしょうか?」いきなり、ぶっきら棒な質問で申し訳ございません。TOBIRAの小出徹です。なにか「ソフィーの世界」(1991年発刊、Jostein Gaarder著)の中の「私は誰?」みたいですね。

実は「私」は「ゼブラフィッシュ」(zebrafish)またはゼブラ・ダニオ(Danio rerio)と呼ばれているインド原産コイ科の鑑賞魚です。体長は5 cmほどで5年間は生きます。体表に「シマウマ」みたいな模様があるので「ゼブラ」(zebra)です。飼育も繁殖も比較的簡単です。良かったら飼って見て下さい。

コラム小出(28)-図1「私」(左図)は遺伝子機能解析や発生生物学的な研究に良く用いられていますが、今回は「私」を「眠」(sleep)の研究に用いた実験成績をご紹介します。「睡眠」は人生の1/3を占めていますが、その機序に関しましては「神秘のベール」(mysteriousveil)に包まれています。つまり「睡眠」がどのように制御されているのか未知の部分が大変多いのです。

マウスなどを用いて「睡眠」の研究をするよりもゼブラフィッシュを用いますと、体が透明ですので、例えばある行動をしているその瞬時において脳内で起こっている事象を同時に観察できるという利点があります。「睡眠」を制御している神経回路は哺乳類でもゼブラフィッシュも同じと考えられています。

コラム小出(28)-図2左図をご覧ください。これはゼブラフィッシュの脳の写真です。緑色に染まっているのがCRF(corticotropin releasing factor、 コルチコトロピン放出因子)で、赤に染まっている部分が神経活動のマーカーであるc-fosです(詳しい説明は省略)。綺麗に分離して染まっているのが見て取れますね。美しいですね!

哺乳類の脳の視床下部(hypothalamus)で発現しているニューロメジンU(neuromedin U、 Nmu)をゼブラフィッシュの脳内で過剰発現させると、魚たちは昼夜関係なく活動が盛んになりました。つまり、ヒトでいう「不眠症」(insomnia)が起きました。逆にNmuの遺伝子を脳内から除去すると朝になってもボンヤリしてなかなか「睡眠」から目醒めない魚たちが多くなりました。つまりNmuは脳の「覚醒」(awakeness)に関与していることが示されました(ゼブラフィッシュの睡眠パターンはヒトと同じ)。

つぎに、この研究者たちはNmuによる「覚醒」の「機序」を検討しました。「覚醒」と言えば「ストレス反応」を先ずは考えます。「ストレス反応」と言えば「視床下部–下垂体–副腎軸」(hypothalamic-pituitary-adrenal axis、 HPA)を考えますね(HPAは以前触れました)。ところが、予想に反してグルココルチコイド受容体があろうが無かろうが、同程度にNmuは「睡眠」を抑制しました。HPAは関与していなかった。最後にはNmuが脳幹(brain stem)にあるCRF系を活性化したことを突き止めました。このように哺乳類を使ったら長い時間がかかる研究もゼブラフィッシュでは超短時間です。