検査技術の発展:④-1核磁気共鳴画像法、MRIの発明;“前編” ―誰によって発明された技術なのか?―

核磁気共鳴画像法、MRIの発明;MRI(magnetic resonance imaging)

誰によって発明された技術なのか?

臨床画像との出会い

・臨床検査における画像は、1895年ドイツ物理学者レントゲンが発見したX線の利用が嚆矢となり、現在、一般的検査として胸部X線撮影が健康診断で汎用されております。体内画像の革新的な発展は、1972年英国ハンスフィールド (Hounsfield)*1によって開発された画像処理によるコンピューター断層撮影(CT;computed tomography)技術であり、X線CT装置として達成されました。これはコンピューター制御とフーリエ変換(FT)を含む数学的アルゴリズムの進歩によってもたらされたものです。

・一方、核磁気共鳴画像(MRI;magnetic resonance imaging)は人体の断面を正確に画像化するイメージング検査法であり、超音波画像診断装置などと同じように非侵襲性であって、レントゲンやX線CTと違って放射線を使わないので生体被爆が無い。1980年代初めに本格的な臨床応用が始まり、比較的手軽に利用できる検査法として、日常診療の幅広い分野で定着しております。

・MRIの技術開発において科学者の間で激しい先陣争があったために、有力なノーベル賞候補がいながら、その受賞の決定に30年という長い歳月を要したようです。幸いにも、米国ローターバー(Lauterbur)と英国マンスフィールド(Mansfield)両名が、2003年に、やっとノーベル生理学医学賞を受賞しました。ところが、最大3人まで同時受賞が可能にも関わらず、MRI開発に関与したと主張する米国ダマディアン(Damadian)は受賞を逃したのです。当時、このことでノーベル賞にまつわる確執が取沙汰され、ウオールストリートジャーナル(WSJ)や、ニューヨークタイムズ(NYT)の話題となったのです。今回、“前編”でMRI技術を、“後編”でローターバーとマンスフィールドの貢献を紹介し、この技術の発展におけるダマディアンとの確執についても付け加えたいと思います。

MRI検査とは;

・MRI法は、がんの検査など多くの疾病の早期診断には欠かかすことのできないインビボ(体内)検査法となっています。このMRI技術は、その名の示す通り、核磁気共鳴(NMR)現象*2に基づいた方法です。検診などで、MRI検査を受けた年配の方などは、まるで棺桶に入ったような閉塞感を感じた経験があろうかと思いますが、このMRI装置(図1)に据え付けられた円筒の中には強力な磁石(磁場)と電波を発信するラジオ波(RF)コイルが備えられています。ヒトはこの巨大な円筒磁石の中に入って検査を受けます(図2)。

%e5%b2%a1%e7%94%b06-%e5%9b%b31

図1;MRIの装置

%e5%b2%a1%e7%94%b06-%e5%9b%b32

図2;ヒトに磁場をかける様子

https://www.hitachi-medical.co.jp/open-mri/mri/

MRI装置の円筒磁石の中にヒトが入り、患者の足から頭の方向に磁場が次第に強くなるように傾斜磁場をかけて、体内の水素原子から発する共鳴電波を受信・処理すると、濃淡を持つ白黒画像に変換される。その画像解析によって、正常部と異なった病変部を診断する。MRI検査中に経験する一定周期で鳴る高音は、勾配磁場コイルのローレンツ力(電磁場で運動する荷電粒子が受ける)による振動音です。

MRIの普及

・H23年(2011年)、MRIの世界市場規模は42億ドル、6%の成長率で、2018年迄に60億ドルを超える見通し。その成長はMRIシステムの技術的進歩や用途の拡大、MRI対応ペースメーカーによると見られています。MRIのシェアはSiemens Healthcareが25%、GE Healthcare20%、Philips Healthcare13%、東芝メディカルシステムズ12%、日立メディコ9%となっており、上位4社で世界市場の7割を占めています*3

・国内でのMRI生産高はH24、H25年とも約220億円を占めています。ちなみに画像診断システム全体では年2,925億円、H25年2,913億円とほぼ横ばいです。

%e5%b2%a1%e7%94%b06-%e8%a1%a8

*3;米国GBI Research報告書;(株)グローバルインフォメーシhttp://www.news2u.net/releases/109518

*4:「厚労省「平成25年薬事工業生産動態統計」http://www.mhlw.go.jp/topics/yakuji/2013/nenpo/38.html

MRIの技術

NMRの原理(水素原子核の例);水素原子核(H)、即ちプロトンは静磁場中に置かれると、プロトンの持つスピンが磁場の方向に平行・逆平行のうち低エネルギー状態(基底状態A)に揃います。図3のBは励起状態を示しており、AとBの状態間のエネルギー差に相当する周波数のマイクロ波(RF)を照射すると、そのエネルギーを吸収して、状態Aから励起された状態Bへ移つります。この周波数が共鳴周波数で、核磁気共鳴(NMR)現象となります。

・このエネルギー差は外からかけた静磁場の強さに比例するので、共鳴するRF波の周波数と磁場の強度との関係は次式<1>で示される。

ω=γ・B    <1>

(ω:共鳴周波数、γ:原子核固有の比例定数/磁気回転比、B:磁場強度/静磁場)

%e5%b2%a1%e7%94%b06-%e5%9b%b33

図3;プロトンの基底Aと励起B状態

%e5%b2%a1%e7%94%b06-%e5%9b%b34

図4;傾斜磁場(X、Y軸)は静磁場(Z軸)に直交(90°)

*日本磁気協会;http://www.magnetics.jp/archive/member/m_bio_mag/a_2.html

MRIの原理*5、6

・MRIは生体中の2/3を占める水や脂肪などに含まれる水素の原子核であるプロトンNMR現象を利用しています。

・図5に模式的に示す、静磁場中の人体にRFコイルからミリ秒(ms)の短時間、電波を照射すると体内のプロトンは電波のエネルギーを吸収します。その電波照射を止めると、吸収されたエネルギーは共鳴電波として放射されます。この時、人の足から頭の方向に傾斜磁場をかけてあるので、体内の各スライス断面の水素原子から発する共鳴電波を受信・検出してコンピューター処理します。これによって、共鳴電波の発信場所とその量がデータとして保存でき、その信号データを強度分布の地図(K-空間)にした後、このK-空間をフーリエ変換することによって画像化できるのです(図6)。

%e5%b2%a1%e7%94%b06-%e5%9b%b35

図5;MRIの原理*7

%e5%b2%a1%e7%94%b06-%e5%9b%b36

図6;K-空間データをフーリエ変換したMR画像*8、9

・MRIでは共鳴現象とともに緩和現象が重要です。RF波を吸収して励起状態Bになってから、照射を止めるとRF波を放射したり、熱エネルギーを出して元のA状態に戻ります。これが緩和現象で二つあります。一つは縦緩和(T1)とよぶスピンー格子緩和で、励起状態Bのスピンエネルギーが周囲の格子に伝わって基底状態Aに戻る現象です。 もう一つは横緩和(T2)とよぶスピンースピン緩和で、励起状態Bのスピンが、揃っていた回転位相からバラバラの位相になる現象です。

・縦緩和T1は、90°パルスによって直交面のz軸に倒された磁化が徐々に静磁場の方向に戻る過程です。横緩和T2はFID(Free induction decays)信号とよび、静磁場に対し直交した磁化で、時間とともに減衰する横磁化のことです。

*T;緩和時間の時定数

・MRI診断で最も一般的に使用されているのはT1強調画像で、信号強度が弱くなる黒いパターンとなります。また、T2強調画ではT1よりやや複雑だが、画像上では信号強度が強くなると白いパターンとなります(図7)。

%e5%b2%a1%e7%94%b06-%e5%9b%b37

図7;ヒト頭部のMRI画像;(a)T1強調画像;水分を多く含む側脳室(矢印)は黒く抜けている、(b)T2強調画像;同部位は白い。実際の診断には、T1強調画像とT2強調画像が併用されている。

===================================*1;Hounsfieldはコンピューターを用いたX線断層撮影技術の開発で1979ノーベル生理学・医学賞を受賞。*2;NMRの発見;1952年ノーベル物理学賞、Harvard大E.M.Purcell、Stanford大F.Bloch

*3;米国GBI Research報告書;(株)グローバルインフォメーシhttp://www.news2u.net/releases/109518

*4:「厚労省「平成25年薬事工業生産動態統計」http://www.mhlw.go.jp/topics/yakuji/2013/nenpo/38.html

*5;MRIの原理;

1テスラの磁界中にあるプロトンの共鳴周波数は42.6MHzです。このRF波を照射すると、エネルギーが吸収されてAからBの状態に励起される(図3)。 MRIで共鳴を起こさせるには、RFコイルから発生する磁界を、静磁界の方向(x又はy軸)に直交する方向(z軸)にかける。 図4に示すプロトンのスピンは、まるでコマのような螺旋回転(歳差/ラーモア運動)でもって、z軸の周りを回転する。 このスピン回転の周波数が、式<1>の共鳴周波数ωであり、ωが静磁界中でスピン歳差運動の周波数が一致するとB状態に励起します。

・共鳴によってRF波が吸収されるので、その吸収量だけ小さくなった信号がモニターできる。 この吸収量はプロトン濃度に比例するので、体内のプロトン密度分布として画像が得られる。 実際には、x軸又はy軸方向にも傾斜磁界をかけ、この磁界をスイープすることで、体の断層面の2次元マップとなります。

*6;http://www.clg.niigata-u.ac.jp/~tsai/home-page/lecture/MRI-image-construction(1).pdf

*7;http://www.ncvc.go.jp/cvdinfo/pamphlet/image64/p64-10.gif/image-preview.gif

*8;http://www.jsdi.or.jp/~fumipon/mri/K-space.htm

*9;https://staff.aist.go.jp/k.homma/TutorialLecureMRI/(4)Imaging&PulseSequence

 

<参照>

・MRI技術の詳細;http://www.jsdi.or.jp/~fumipon/mri/K-space.htm

・NMR技術の詳細;RIST/高度情報科学技術研究機構;http://www.rist.or.jp/index.htmlhttp://www.rist.or.jp/atomica/data/dat_detail.php?Title_Key=08-02-01-05