検査技術の発展:④-2核磁気共鳴画像法、MRIの発明;“後編” ―誰によって発明された技術なのか?―

核磁気共鳴画像法、MRIの発明;MRI(magnetic resonance imaging)

誰によって発明された技術なのか?― “後編”

<MRIの発明と経緯>

MRIの技術開発には、多くの研究者が貢献しており、シンガー(Singer)による血流測定にはじまり、1971年ダマディアンが、ラットの移植腫瘍が正常組織に比べてNMRの緩和時間が長くなることを観察*10して以来、多くの研究者がチャレンジするようになったのです。しかし、NMRシグナルが臓器間で異なり、また再現性にも問題があったようでした。この壁は、ローターバーによる傾斜磁場の発見とマンスフィールドらのエコープラナー撮像(EPI;echo planar imaging)法の発明によって乗り越えられ、複合的な組み合わせによってMRIが完成し、体内が画像によって観察できるようになりました。

◆ローターバーの発見;PC. Lauterbur

・1971年9月初旬、ある日の夕食後、米国のローターバーはNMRシグナルの周波数が局部磁場に依存している(前編の式(1);ω=γ・B)ので、不均一磁場において、NMRシグナルを位置づける一般的方法があるかもしれないと思い付いた。しかし、放射宇宙学や電子顕微鏡など異分野で試されていた似たようなアイデアに出会わなかったばかりか、この問題に対する数学的解が得られないことが分かっていた。さらに量子化学での解析形式、相互作用の方程式は解くことは出来なかったが、既知の性質を比較し、系統的に近似してゆくことで解を得るという別のアイデアを思い起こした。それが傾斜磁場(linear gradient magnetic field)の発見に結びついたのであった。

・静磁場の中に、傾斜磁場を組み入れることによって、プロトンの共鳴周波数が位置を示す磁場の強さとして正確に決められことを発見した。ノイズ限界までの画像が撮影できると考え実験して組み合わせたあ画像が得られた。その結果を1973年、Nature*11に提出し、最初は断られてしまったが、その概念が理解されていないことを主張したローターバーの粘りによって受理されたらしい。

◆マンスフィールドのEPI技術;S P Mansfield

・先人達によって開発されたNMR技術の画像化への進展は、1970年後半から急激に起こりました。マンスフィールド(Manfield)らは1972年にNottingham大でMRIの研究を始めて以来、1977年に大きなブレイクスルーが訪れました。その1つがエコープラナー撮像(EPI;echo planar imaging)法の発明*12であり、当時、画像を得るためのラインスキャンに要する時間が10~20分と長くて、とても実用的ではありませんでした。このEPI技術によって、一次元のFID信号から二次元のK-空間イメージが構築され、2次元のイメージ画像スキャンが20~50ミリ秒に短縮されて実用化への困難さが解決されたのでした。前編(図6)に例示した肺と心臓のMRイメージ画像は、k-空間をフーリエ変換(FT)によって得られたものですが、FTによる同様の画像変換はマンスフィールドらによって1991年Sicence*13に報告されており、画像学としてのk-空間とNMRとを結び付ける新しい概念*12、13を確立したことで重要な貢献をしたようです。

*EPI(echo planar imaging):静磁場に対して90°励起パルスをかけたあと x-y 平面内の磁化は横緩和によって減衰する。この磁化が消滅する前に位相エンコードする段階で連続的なグラジエントエコーを発生させて、画像再構成に必要なすべてのデータを集める方法。

確執

前編で紹介したように、ローターバーはMRIに傾斜磁場導入によって、マンスフィールドは超高速MRI撮像法EPIを発明したことによってMRI開発に貢献したことで、両者とも2003年にノーベル医学生理学賞を受賞したのです。しかし、米国ダマディアンは受賞を逃したことから確執が生じました。

ダマディアンも、がん組織の検査にNMRが応用できると最初に提案したのは自分だと主張しており、ノーベル賞発表後にも大がかりな宣伝活動を行った。しかし、多くのMRI研究者は、MRI原理*9を最初に見つけたのはローターバーであって、MRI超高速撮影法*10,11の発展に最も寄与したのがマンスフィールドであると認めていたようであります。無欲で謙虚なローターバーはMRI装置の発明をあえて特許にしなかったが、対照的にダマディアンはそのアイデアを特許化して大富豪になったのです。

ダマディアンはノーベル賞こそ得られませんでしたが、1988年には米国技術功労章を受章しました。彼はMRI装置を製作し世に出すためフォナー(Fonar)社を設立しており、以後世界中の科学者により改良・改善されて疾病を診断できる装置として、MRIが医療現場に普及されていることは、彼にとっても福音だと思われます。

<参照>

http://www.nobelprize.org/nobel_prizes/medicine/laureates/2003/lauterbur-lecture.pdf

http://www.nobelprize.org/nobel_prizes/medicine/laureates/2003/mansfield-lecture.pdf

http://mind.c.u-tokyo.ac.jp/Sakai_Lab_files/NewsJ/Komaba_Gakubuhou2004.htm(東大・酒井)

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ローターバー(Paul Christian Lauterbur);1929年5月6日シドニー生れ、2007年死去(77歳)。Case Western Reserve 大(化学)卒、Pittsburgh大でPhD、1963~1985年NY州立大(Stony Brook)教授、1985年イリノイ大教授

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マンスフィールド(Sir Peter Mansfield);1933年10月9日ロンドン生れ~、1959年Queen Mary College(London)卒(物理)、1962年PhD、1964年英国ノッチンガム大~、1990年同大物理学教授

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当時のニューヨークタイムスなどの報道

学界では、ダマディアンとローターバーの争いは長く知られており、ノーベル委員会が長年の間、MRI研究者にノーベル賞の授与を避けていたのは、これらの先陣争いのせいだと推測されていました。ダマディアンはNMRの緩和時間の違いによってがん細胞を検出できるという仮説を立てただけで、画像化する方法を開発したわけではないという指摘があり、ローターバーとマンスフィールドへのノーベル賞授与はMRI法の開発に対するものであって、ダマディアンが除外されたのは尤もだという見解がありました。一方、ダマディアンは特許で莫大な富を得た医学者とみなされており、その支持者もいたようですが、ダマディアンが多くの場面で科学者らしからぬ行動をとっているなどの批判もあったようです。以下に当時のWSJとNYTの記事の要旨を示します。

Wall Street Journal. (2002年6月14日);

http://www.wsj.com/articles/SB1024015606998071840

MRIに対するノーベル賞授与は長い間、その開発における貢献度に関して、ダマディアンの功績をどのように評価するかで議論があって、意見が分かれたため遅れたと言われている。

ダマディアンは医者でフォナール(Fonar)社の創設者であり、MRIはフォナール社のオリジナル発明という主張には数々のクレームがでている。

オレゴン大のGriffths教授は、MRIは完璧なノーベル賞候補であるものの、ノーベル委員会がその業績について記すかどうか不明瞭であり、競合する発明者間でのトラブルを生じるかもしれないと述べている。

1981年のノーベル物理学賞のBbeembergは、ストックホルム委員会はこの偉大な発明に未だに賞を与えていないことは悩ましいことであり、部分的にはダマディアンの果たした役割に矛盾にあると言っている。

米国科学アカデミー(NAS)はMRI開発のマイルストーン年表を作成し、当初はダマディアンの寄与を一定度示していたが、出版時に、その掲載はなかった。理由はダマディアンの技法では「悪性腫瘍の検出・診断は臨床的に信頼できないものと判明した」と記してあり、ダマディアンはこれに反発していた。

TheNewYorkTimes(2003年10月11日)

http://www.nytimes.com/2003/10/11/us/doctor-disputes-winners-of-nobel-in-medicine.html

Doctor Disputes Winners of Nobel in Medicine

2003年、ローターバーとマンスフィールドがMRI業績でノーベル生理学・医学賞を受賞したが、ダマディアンが受賞を逃したことから、関係者らによってダマディアンが選考に漏れたことを批判する全面広告(掲載費用10万ドル;写真)が出された。ダマディアンとローターバーの論争は、学界で長年知られていた。ノーベル委員会は物議をかもすような発明・発見には及び腰になるため、MRIに関してはノーベル賞授与を避けるだろうと思われていた。しかし、ローターバー博士は74歳で健康状態が思わしくなく、ノーベル賞は死後に授与できないので、2003年になったらしいとのコメント。

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DamadianのNYタイムス全面広告(掲載料10万ドル);from the New York Times, Oct. 10, 2003(http://whyfiles.org/188nobel_mri/

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ダマディアン(Raymond Vahan Damadian;写真右);1936年3月16日NY生まれのアルメニア系アメリカ人、1956年ウィスコンシン大学マディソン校数学)卒、1960年NYのアルベルト・アインシュタイン医学校修士号取得。

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*10;Damadian, R. V. “Tumor Detection by Nuclear Magnetic Resonance,” Science, 171 : 1151–1153. 1971.

*11; Lauterbur PC. Image formation by induced local interactions: Examples employing nuclear magnetic resonance . Nature 242, 190~191, 1973.

*12; Multi-planar imaging formation using NMR spin echoes. P Mansfield, J Physics C Solid

State Phys 10, L55–L58、1977.

*13;Echo-Planar Imaging: Magnetic Resonance Imaging in a Fraction of a Second. M K

Stehling, R Turner & P Mansfield, Science 254, 43–50,1991.

参照;詳細なMRIのストーリー;http://www.fonar.com/nobel.htm