新薬開発の四方山話(34):最近の掃除機の威力に絶句

Dyson社(本社・英国)が研究開発販売した「掃除機」(vacuum cleaner)は吸引力もさることながら、「ゴミを吸引したあとに排出される気体の中には、異物(foreign substances)が99.99 %ない」ことを謳い文句にして市場展開を図っている。「公衆衛生的」(public health)には素晴らしい進化ですね。

「99.99 %」と言っても「100 %」ではない。「0.01 %」夾雑物が紛れ込んでいます。私の経験上最も厳しかった品質純度は「99.9999999999 %」でした。小数点以下10位まで「9」が並ばなければ薬事法規上認められないと当局に指摘されました。「何だ」とお思いでしょうか?実は「人工ヘモグロビン」(artificial hemoglobin)です。静脈内に直接投与しますし、生体にとって「異物蛋白質」ですので仕方ありませんよね。小数点以下4~5ケタまでできましたが、それ以上は当時の技量も及ばない世界でした。

さて本題に入りたいと思います。案内役は、いつものTOBIRAの小出徹です。では始めますよ。

「掃除機」と言いますと、生体内では「食作用・貪食作用」(phagocytosis)を担っている「単球」(monocytes)、「マクロファージ」(macrophages)、そして「好中球」(neutrophils)が挙げられます。これらの細胞は細菌、ウィルス、寄生虫などの「異物」やヘモジデリンなどの「異常な代謝物」(aberrant metabolites)をエンドサイトーシスによって自らの細胞内へ取り込み無害な物質へと分解します。まさに「掃除機」。

脳内では「単球」から「分化」(differentiate)した「掃除屋さん」が「ミクログリア」(microglia、 M)です。生体にとって「アミロイドベータ」(Aβ)タンパク質(左図緑色)は「異物」です。それを取り囲むように「M」(赤色)が染められています。つまり「貪食」しようとしています。Aβはアルツハイマー病(AD)の原因物質と考えられていますので、Mは「異物」であるAβを一生懸命「掃除」しようと必死です。(下の図)

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ところがですよ、このMは脳が正常な機能を維持している時には神経細胞に保護的に働いるのですが、ADのような病的な状態になると、どうも「悪玉」(bad guy)に変質するようなのです(Brain、 2016)。つまり、Mの生存・増殖に必須な「CSF-1 Receptor」(colony stimulating factor-1 receptor)をPHL3397(pexidartinib)で阻害するとMの数は激減し、それに伴いADマウスの認知機能も改善したという成績が最近米国UC Irvin大学から発表されました。MはADのような病的な状況下では「炎症性細胞」(inflammatory cells)に変質したと解釈されます。「こんなことって起こるの?」と素朴に思いますが。

さらに興味深いことは、この薬剤でADマウスを処理しても脳内Aβ量には全く変化がなかったという事実です。すなわち、Aβが脳内にたくさん存在していてもMの数さえ減らせば、ADに伴う認知機能障害が治療できたことを意味しますね。この成績は世界のADに携わる研究者にとって「大きな波紋」(create a big stir/sensation)を巻き起こす可能性がありますよ。このように言っている私自身も驚嘆しています。

Mは元来機能別に「M1」(悪玉、bad guy)と「M2」(善玉、good guy)とに分類されています。介在するサイトカインも異なります。「掃除を一生懸命する余り、母屋まで壊したらいけませんよね。」