新薬開発の四方山話(37):医薬品開発における「生々流転」

「生々流転」の意味を国語辞典で検索しますと「すべてのものは絶えず変化し移り変わっていく」とあります。「永遠不変」の対語のように解釈されています。今回はこの言葉の意義を私たちの「身体の中」(inside our body)に求めてみます。案内役はいつものTOBIRA・小出徹です。では始めます。

英語の辞書で調べてみますと「生々流転」は「the constant birth,growth,and change of all things under the sun」と訳されており、「永遠不変」は単に「permanence, permanency」とあるだけです。この事実からしても「生々流転」が如何に含蓄ある、哲学的な語であるかを理解して頂けるかと存じます「永遠不変」は「普遍性」(universality)と言う概念にも通じるところがあるのかも知れませんね。

「鉄は赤いうちに打て」(Strike the iron while hot)は周知の諺です。何か熱いものに触れた場合には「即座に大量の水で患部を冷やせ」。これは医学的にも一理あり、「初期段階で原因となる因子を取り除けば、その後の一連の悪い生体反応を抑え込むことができる」という「原理」(principle, tenet, law)に従っています。「生々流転」、「永遠不変」そして「普遍性」を念頭に置きつつ、さらに論考を進めます。

脳は酸素とブドウ糖を血流から恒常的に補給されることにより、その機能を保っています。したがって、脳梗塞、脳出血やクモ膜下出血などで血流が絶えますと脳機能が途端に落ち込みます。このように脳への血流が減弱すること、途絶えることを「脳虚血」(cerebral ischemia,CI)と称します。

脳内でCIに一番「脆弱」(vulnerable)なのは神経細胞です。が、グリア細胞、血管内皮細胞や上衣細胞はCIに比較的抵抗性があります。そこで、治療学的に考えますと「生き残った細胞」に働きかける戦略を考えることになります。これら細胞群の中でグリア細胞と内皮細胞が「狙い目」(target cell)です。

CIに限らず「神経変性疾患」(neurodegenerative diseases)などで神経細胞が障害を受けますと、グリア細胞が活動を開始します。「活性化ミクログリア・アストログリア」(activated microglial/astroglial cells)などは、死滅した神経細胞を清掃するばかりではなく周辺部の細胞にも「傷」(scars)を作ります。

この頃の私たちの研究は「この傷を無くするような医薬品」を探し求め、ついに化合物を発見。大規模臨床試験を実施し、ついには申請まで漕ぎ着けました。しかし、残念ながら認可は取れませんでした。

ところが、先週Nature(2016; DOI:10.1038/nature17623)に発表された論文によりますと、動物での「脊髄損傷」(spinal cord injury)後の「活性化グリア細胞によってできた傷は、神経再生にとって不可欠であり、従来の治療概念を抜本的に変える必要がある」と結論されました。私たちにとっても、また脳科学におきましても「生々流転」的な一幕でした。「驚愕」(startle)の一言に尽きます。

もう一つの例。「中枢神経系神経細胞」(neurons in the central nervous system)は「再生」(regenerate)しないと言われてきました。ところが「多機能神経前駆細胞」(multipotent neural progenitor cells)を「脊髄損傷モデル障害部位」に移植すると神経細胞が再生したと報告されました(Nature Medicine,2016;DOI:10.1038/nm.4066)。このように、中枢神経系神経細胞は、従来の考えと異なり生来再生する機構を有していた訳ですね。これもまた脳科学における「生々流転」的一幕でした。

まとめ:こよなく「普遍性」を追い求め、漸く構築された「定説、教義、教理」(dogma)も「生々流転」という大きな「潮流」(tide,tidal current、 trend)に揉まれ、妥当性を欠く場合には、訂正を加えるか、またはその姿を消さざるを得ない。これが自然科学の「鉄則」(ironclad rule)かな。じゃ~また。