新医薬品開発の四方山話(46):嘘のような本当のこわ~い話

皆さまの中には、毎晩あるいは毎朝定期的に薬を服用なさっている方も多いかと思います。A内科病院に行って3種類、B整形外科病院で2種類、そしてC皮膚科病院で2種類、あっという間に7種類の薬を服用する羽目に陥りますね。「先生が処方して下さる薬なんだから問題はなかろう」と気楽に考えてしまう。ごく日常茶飯の現象ですが、ここに「落とし穴」(pitfalls、 traps)が潜んでいると私は思います。

たとえば、 差し込むような「胃の痛み」(疝痛、colicky pain)、「急激な尿意」(過活動性膀胱、overactive bladder)、「鼻水」(runny nose、 mucus)、「喘息」(asthma)、「慢性閉塞性肺疾患」(chronic obstructive pulmonary disease、 COPD)、「うつ病」(depression)あるいは「メニエール」(Meniere disease)などの治療に処方される薬は、すべて同じ作用機序を有しています。ですので、数回の服用でしたら問題は生じませんが、毎日数年間と長期的に服用しますと一見関係のないような疾患が発現する危険性があります。そんな「嘘のような本当のこわ~い話」を話題として扱います。TOBIRA・小出徹です。

私たちの身体において、神経系は大切な機能を担っています。その機能の「担い手」(carrier、 bearer)を「神経伝達物質」(neurotransmitters)と言います。下図はそれをまとめたものですが、比較的簡単な分子で分子量は200~300位です。エンドルフィンはペプチドですので分子量は5、000前後になります。

コラム小出(46)-図1

これらの物質が一つの神経から次の神経へと情報を受け渡していくことに成ります。大別してカテコールアミン、セロトニン、アセチルコリン、γ―アミノ酪酸(GABA)、グルタミン酸そしてエンドルフィンなどになります(上図参照)。身体を活動状態にする交感神経系はカテコールアミンが、身体を静める副交感神経系はアセチルコリンがそれぞれ神経伝達物質で、  GABAは抑制系神経、グルタミン酸は興奮性神経そしてエンドルフィンは鎮痛神経系を担っています。冒頭に述べた「同じ作用機序を有している」とは、これらの薬は実はアセチルコリンの機能を阻害する「抗コリン剤」(anti-cholinergic drugs、 ACD)なのです。換言しますと、治療する対象疾患は異なりますが、ここに掲げた病気はすべてアセチルコリンが過剰に分泌されて発現する疾患だったのです。
ところで、これらACDを長期にわたって服用すると身体にどのような変化が起こると思いますか?答えから申し上げます。アルツハイマー病(AD)に似た症状、たとえば「認知機能障害」(cognitive impairments、 CI)が出現するというのです。「嘘のような本当のこわ~い話」ですね(Cerebral Cortex、 2016; bhw177DOI:10.1094/cercor/bhw177)。ですので上記の薬を長期的に服用する時には、ご注意。

ADでは脳内アセチルコリン神経系機能が高度に落ち込みます。そこで、アリセプトなどのAD治療剤は、この落ち込んだ神経系機能を上昇させて臨床的な効果を発現します。カナダの研究者によりますと、ACDを長期服用しますと脳内アセチルコリン神経系機能が落ち込み、記憶を司っている「海馬」(hippocampus)でのmRNA代謝が10%ほど変動、ADに酷似した事象がマウス脳内で起こったとの事。