新薬開発の四方山話(70):第70回記念号特別企画 「ストレスに挑戦」

このコラムも早いもので70回目を迎えることになりました。「第70回記念号発刊」を心底祝って下さる方が私の周りにはいらっしゃらないようなので「自分で自分を祝ってやろう」と特別企画を考えてみました。いつもは「A4一枚程度」に収まるよう文章を作成しましたが、今回は特別に「二枚」にします。
「話の内容」が「内容が無いよう?」と言われ無いよう「ストレス」を感じながら「ストレス」を扱います。「マイクロドージング法」(microdosing method)を見習い細胞の中に「マイクロカプセル」(capsule)を打ち込んで細胞内から「ストレス反応」を考えみましょう。「極小の宇宙空間へのご案内」です。ちょっと専門的すぎるかも知れませんが、TOBIRA・小出徹が日頃考えている治療戦略に触れます。

「マイクロカプセル」を静注し暫くすると大きな「壁」に突き当りました。これは「細胞膜・形質膜」(cell membrane・plasma membrane)と言われ「脂質二重層」(lipid-bilayer)からできています。この「壁」は薄いのですが(厚さ8~10nm)、通過するには若干時間がかかります。この「壁」を通過すると目の前には「小宇宙」(microcosm)が拡がります(下図参照)。一つの細胞の中になんと①~⑬の「細胞内小器官」(organelles)が仲良く棲んでいるのです。今回の話題の主役は「小胞体」(endoplasmic reticulum、 ⑤&⑧、ER)と「ミトコンドリア」(mitochondria、 ⑨、mito)。外側の薄茶色が「細胞膜」。

コラム小出(70)-図1「細胞内小器官」は、それぞれ大切な機能を有します。ERは「粗面ER」(rough ER、⑤)と「割面ER」(smooth ER、 ⑧)とに細胞学的に分類されます。またmitoは「外膜」(outer membrane)、「内膜」(inner membrane)そして「クリステ」(cristae)からで構成されており、 エネルギー源である「アデノシン三リン酸」(ATP)を生成します。以下では「Int. Rev. Cell Mol. Biol. 2013、 301: 215-290」を参考にしながら論を運んでいきます。これら「細胞内小器官の機能」と「疾患」との関係に力点をおきます。
ERでは「細胞内Ca濃度」([Ca++]i)、 「酸化還元状態」(redox state)や「ブドウ糖濃度」([Glu.])の変化や「分泌タンパク質過剰生成」(overproductions of secretory proteins)などの「ERストレス」がかかりますと、ER内での「不正タンパク質」(unfolded protein、 UP)が増加します。この現象を「UP反応」(UP response、 UPR)と称し、UPがER外に放出されない機構になっています。UPRには (1) 「たんぱく翻訳抑制」(translational attenuation)、 (2)「シャペロンタンパク質誘導」(inductions of chaperone proteins、 CP)そして(3)「ER関連分解」(ER-associated degradation、 ERAD)の3つの機構によってERは「ストレスを克服しよう」としていますが、克服できない場合には、 細胞は「死」への道を辿ることになります。この過程を一般的に「アポトーシス」(apoptosis、 AP)と呼んでいます。「APに関連した疾患」(diseases associated with AP)はたくさんありますので後程触れたいと思います。

(1)はER内にUPがこれ以上生成蓄積しないように全般的にタンパク質翻訳を抑制する機構です。(2)はERから核内へのシグナル伝達を活性化させCPを発現誘導する機構です。CPが生成されますとUPを正常な「畳み込んだタンパク質」(folded proteins)へと修復しようとします。CPとは「他のタンパク質分子が正しい‘折りたたみ’ (folding) をし機能を獲得するのを助けるタンパク質の総称」です。(3) は蓄積したUPをER内で処理しきれない場合、ER以外の「細胞内小器官」でUPを分解する機構のことです。この「細胞内小器官」とは具体的には「プロテアゾーム」(proteasomes)のことです。つまり(2)でシャペロン化されたタンパク質はER内から細胞質に運ばれ、結果的に「プロテアゾーム」で分解されます。

NIHMS463186.htmlここからは「疾患」との関連に触れます。先ずは左図をご覧ください。四隅に疾患名が並んで表示されています。「心臓病」(cardiovascular diseases)、「II型糖尿病」(T2DM)、「神経変性疾患」(neurodegerative diseases)そして「ガン」(cancer)。一見何ら繋がりがないような疾患ですが、共通点としてはERやmitoの代謝機能異常が起こり、UPRに特徴的なUP生成亢進そして「タンパク質の凝集」(protein aggregation)へと移行します。UPのような「異常な構造を有したたんぱく質」(aberrant folding proteins)はアルツハイマー病(AD)、パーキンソン(PD)病、前頭側頭認知症(FTD)や筋萎縮性側索硬化症(ALS)などにも認められ、「病因物質」(pathogenetic substances)も考えられています。Aβもその一つです。では「治療法」を考えましょう:上記の3つのUPR (1) ~ (3) のうちどれかを「活性化」(activation)してやれば、これらの疾患を一挙に治療する可能性があります。私見ではありますが私は(2) & (3) に着眼し、とくに (2) の「シャペロンタンパク質誘導」作用を有する医薬品の創生に魅力を感じています。単に直観ですけれど。

以上のように、ERには「多彩な生理機能」(variety of physiological functions)がありますが、これに劣らず未知の機能を有しているのがmitoではないかと「一人静かに思っています」(silently dwelling upon)。Mitoに関しては、まだまだ知られていない機能が「山積み」だと思います。例えばERもmitoも、細胞機能には「根源的」(fundamental)である([Ca++]i)調節には極めて大きな機能を有しています。生理的な細胞内[Ca++]iは 5~50nM ですが、ERには300μM、mitoにも高濃度のCa++を貯蔵することができます。種々の疾患に伴いERストレスが起こりますと「落ち込んだエネルギー代謝」(energy imbalance)を「取り戻そう」(revert)とERからCa++が放出され、それをmitoが取り込み、ATP生成を亢進させます。 このようにERとmitoは「相互に協働」(mutually cooperate)しています。

如何でしたか「極小の宇宙空間への旅」?ちょっとばかり専門的になり過ぎた感は否めませんが、楽しんで頂けたのではないでしょうか?医薬品を創生するという行為は「崇高にして孤高」(sublime and lofty)で「地道な努力をする」(persistent efforts)が「心構え」(attitudes)ですね。じゃ~また。