新薬開発の四方山話 (10): 心の炎症

「心の炎症?」なんかピンときませんよね~。「炎症」って、カゼの時に熱が出たり、悪寒がしたり、喉が痛くなったりする現象ですよね?「心」にも炎症があるってホントですか?

医学書を紐解くと「炎症」とは「発赤」、「熱感」、「腫脹」そして「疼痛」(炎症の4兆候)を伴うと書かれています。「炎症」については、古くはローマ時代から知られており、江戸末期のころにドイツ人病理学者Rudolf Ludwig Karl Virchowという人が医学的な「定義」を与えました。さすがにドイツ医学!

ところで「心に炎症が起こる」と、どんな臨床症状が現れると思いますか?想像して見て下さい。くしゃみが出る?い~え、違います。答えは、物事にまったく無感動になったり、喜びを感じなくなるなど「頑固な鬱病状態」(stubborn symptoms of depression)によく見かける臨床症状が現れます。これを専門用語で「失感情症・無快感症」(anhedonia)と言います。ギリシア語で「without pleasure」(喜びを全く感じない)ことを意味します。前回のコラムで「心は脳に宿る」と言いましたが、「心の炎症は、脳のなかで、どのようにして起こるのでしょうか?」このことについて、今回は考えてみましょう。

脳内で炎症が起こっているかどうかは、血液中にある「炎症マーカー」である「C反応性タンパク」(CRP、 C-reactive protein)を測定すれば直ぐに分かります。一般の健康診断でも頻繁に測定する血中マーカーです。つまり「CRPが高ければ体内の何処かで炎症が起こっている」と解釈され、とくに脳内に限定した炎症像を捉えている訳ではありません。これらの基礎情報を念頭において本論に入ります。

米国Emory大学医学部の研究グループは、48名の「anhedoniaを有する頑固な鬱病患者」に研究に参加してもらい、「炎症」と「脳の画像」と「心」の三者の関係を検討しました(Mol. Psychiatry、 DOI:10. 1038/mp. 2015. 168)。その結果、以下のことが明らかになりました。要約です。お読みください。

(1)   「血中CRP値が非常に高い患者」と「他人とのコミュニケーションができなくなる患者」とは強い関係があった。これは脳内で「やる気」(motivation)や「報酬」(reward)を嬉しく感じる脳領野(線条体)と大脳(大脳皮質前頭前野)との「連結」(connectivity)が弱まったためだった。

(2)   反対に「血中CRP値が低い患者」では、画像上二つの脳領野の「連結」は充分に保たれていた。

(3)   「血中CRP値が非常に高い患者」と「anhedonia症状の発現率」とは強い関係があった。

(4)   抗鬱剤を投与しても臨床症状が改善しなかった「血中CRP値が非常に高い患者」に「抗炎症作用」を有する医薬品(infliximab、 レミケード、抗ヒトTNFα抗体)を投与したところ、治療効果が発現した。

このように、新しい抗鬱剤でさえも効かない「頑固な鬱病」や「anhedonia」に対しても「心の炎症」を抑えさえすれば既存の医薬品でも治療ができる場合もあります。TOBIRAの小出徹でした。じゃ~。

コラム小出(10)-図1

1 脳の断面図(VS、 線条体; vmPFC、 大脳皮質前頭前野)(本文中のMol. Psychiatryから引用)