新薬開発の四方山話(76):しぼりこむ

「しぼりこむ」ことを英語で「narrow down/nail down」と言います。私たちは「無意識」に日常茶飯に実行しています。「Aにしようか、Bにしようか、それともCかな~?」などと戸迷い、結果的には「Cにして良かった」とか「やっぱりAにしておけば良かったな~」とか言ったりしていますよね。

新薬の開発においても、この「しぼりこみ」という思考は常時行われ、それも「刹那的」(transitory,ephemeral)に判断せねばならない場合が殆どです。「即断即決」(making immediate/swift decisions and taking quick actions)で「意思決定」(decision making)を迫られることが頻繁に起こります。

質問:たとえば、ある疾患の「原因物質」(causative agents)が数種類考えられている場合には、貴方なら何を根拠に一つに「しぼりこみ」ますか?回答:合理的な判断のすえ、最後は「えんや~!」です。これを「科学的ではない」と言われても困りますが、過去もこのように実施されてきたし、これからも同じかと予想します。さて、今回は「神経変性疾患」(neurodegerative diseases,ND)を扱います。

Alzheimer’s disease (AD)の場合には、amyloid beta-protein(Aβ)とかhyperphosphorylated tau-protein(τ-protein)がADの原因物質ではないかと想定されています。が、τ-proteinではなく抗Aβ抗体が先陣を切り数多くの臨床試験が実施されました。なぜか?Aβがτ-proteinよりAD発症初期に生成されると考えられていたからです。しかしAD患者に対し、抗Aβ抗体は有効ではないとの臨床成績が近年続々と発表されるに至りました。質問:では次の手は?回答:τ-proteinを狙う。質問:具体的には、どのようにしてアプローチしますか?一つの回答がWashington 大学から発表されましたのでご紹介します。

コラム小出(76)-図1タンパク質が原因物質であると想定された場合、一般的には (1)生成されたタンパク質を消去する(抗Aβ抗体)、または (2)タンパク質の生合成を抑制します。Washington大学研究者は後者を選択しました。つまり、脳内でのτ-protein生合成を抑制する。では、どのようにして?そこが「新発想」(new ideas)。無差別にタンパク質合成を阻害したい場合には、抗生物質を投与すれば良い訳です。でも、τ-proteinのみを選択的に阻害するにはどうしたら良いのか?そこで閃いた考えが「τ-protein mRNA機能を阻害、 τ-protein生合成を抑制する」。この目的のため「アンチセンスオリゴヌクレオタイド」(antisense oligonucleotide、 AO)をマウスに投与しτ-protein生合成を抑制、得られた「海馬」(hippocampus)での光学顕微鏡画像が上図です。「赤」がAOの分布している領域、「緑」がτ-proteinが染まっています。τ-proteinは細胞学的に正常な形態をしています。ちなみにτ-proteinがリン酸化されると「神経原線維変化」(neurofibrillary tangle、 NF)が生成され下図のような像になります。τ-proteinはADのみならず他のNDにも関与していますよ。

コラム小出(76)-図2対照群のマウスでは左図のようにNFが認められ、種々の行動学的な検索でもAD患者と類似した障害が認められました。つまりAOを投与することによりADを治療できる新たなる可能性が出てきました。

今後の研究に期待したいところですね。じゃ~また。