新薬開発の四方山話 (13): 葛藤って世の常、ヒトの常?

「義理と人情の狭間で葛藤する」。「葛藤」(conflict)とは「葛」(kudzu、「クズ」ではなく「カズ」と英語では発音)や「藤」(wisteria)のような枝がもつれ絡み合う容姿にその語源を発します。平たく言えば「同時に相反することが進行するため、どうしようかと思い悩んでいる自分自身の心の状態」?

ところで「前立腺がん」(prostate cancer)は「テストステロン」という男性ホルモンが過剰に体内で作られることにより発症すると考えられており、治療法は「アンドロゲン除去治療法」(androgen deprivation therapy、 ADT)(アンドロゲンは男性ホルモンの総称)と言って、体内から男性ホルモンを取り除く療法。逆に「乳がん」(breast cancer)の場合は、女性ホルモンを取り除く治療法がなされます。

ところが、このガン療法に疑義がかけられました。「ADTを実施すると88%の患者にアルツハイマー病(AD)の発症した」というのです(J. Clin. Onco.DOI:10、 2015)。まだ、臨床試験は継続中とのことで結論ではないようですが、本当だとしたらADT療法を持続すべきか否かに「葛藤」が生じますね。

この作用機序としては「テストステロンは脳神経細胞に防御的に働き、このホルモンが低下すると脳内Aβ量が増え、AD発症の前兆である糖尿病や動脈硬化症などを促進する」が考えられています。

突然話題は変わります。下のマウスの写真を見て下さい。

コラム小出(13)-図1

1 無痛マウスの誕生(ScienceDailyより抜粋)

可愛いですよね~。「このマウス、どんな特徴をもったマウスかと思われます?」「メスでもオスでもない中性マウス?」「No!」。答えのないまま話を続けます。「もし、あなたが痛みを感じない(painfulness)ヒトへと変身することができたとしたら、 あなたは嬉しく思いますか、それとも悲しく思いますか?そして、その理由はなんですか?」

実は生まれながらにして「痛みを感じないヒト」がいて、「知覚麻痺」(numbness)と称されます。つまり、外的な刺激を感じないヒト。でも「心の痛み」は消えませんよ。このようなヒトに変身したいですか? 「痛みもない」けど「匂いもない」人生を送りたいでしょうか?この選択も一種の「葛藤」ですね。

丁度いい機会ですので「痛み」がどのように発生するのかをご紹介させて頂きます。そもそも「痛み」は、神経細胞にある「ナトリウムイオンチャネル」(Na+-channel)というナトリウムイオンが通過する「孔」(あな、 pore)が開くことによって発生します。ですので、このチャネルの機能を潰せば「痛み」は無くなります。でも、ナトリウムイオンが通過することによって「神経細胞の活動」が維持されていますので、「痛み」を無くすれば「神経細胞の活動」も消失します。つまりヒトは「死」を向かえます。「痛みを無くす」か「死」か、これも「葛藤」の一形態ですね。このような作用を有する有名な天然物が「フグ毒」(pufferfish toxin)。テトロドトキシンです。「フグ鍋」「フグ刺し」は美味しいですが用心&用心。

でも驚かないでください。「痛み」に係わっている「ナトリウムイオンチャネル」は特別なものですので、この性質を考慮して「新しい鎮痛剤」(novel analgesics)の研究開発が盛んに行われています。「新規ナトリウムイオンチャネル阻害剤」と「既存鎮痛剤」の併用です。来年2017年には臨床試験が実施されるそうですよ(Nature Communications、 2015;6:8967 DOI:10.)。TOBIRAの小出徹でした。じゃ~。