「みてくれ」は全く同じですが、片方には本来効く薬が入っていますが、もう一方には全く有効成分が入っていない。そのような物を「偽薬」(placebo)と称します。色も、形も、形状も、性状、味までも同じものの、有効成分が全くの「ゼロ」の「にせぐすり」の事です(小説「永遠の0」ではないですよ!)。
「なぜ偽薬を手間暇お金すらかけて作製するのかですかって?」それは医薬品臨床試験では「実薬投与群」と「偽薬投与群」との効果を比較検討することが、ガイドラインで必ず求められているからです。
さらに試験薬剤を投与する医師も、投与される患者さまも「どちらの投与群か」を知ることは許されません。これを「二重盲検試験」(double-blind study/test)と呼び、新規医薬品の効果を客観的に評価することが目的で定められています。今回は、この「偽薬」の「パラドックス」(paradox)について触れたいと思います。こんな話題は初めてですよね。TOBIRAの小出徹です。暫しお付き合い下さい。
「人間って騙されやすい生き物」です。これを服用すると血圧が低くなるとか、これを貼付すると肌が綺麗になると言われ、それを用いると確かに血圧が5~10mmHg下がったとか、肌が白くなったと勘違いしてしまう。テレビで宣伝している化粧品についても「本当かな?甚だ疑問だ」って思うことが多いですね。
「偽薬」を使用して発現する効果を「偽薬効果」(placebo effects, PE)と称し、どんな疾患治療を狙った医薬品開発でも起こります。とくに精神疾患を治療しようとする医薬品の臨床効果はPEの影響を直に受けますので、最悪の場合には、試験医薬品の効果がPEより低く出てしまうような臨床試験成績すら散見されます。このように精神系に作用する医薬品の承認認可は取得するのは困難と考えられています。
ところが、今回ご紹介する論文では、このPEを逆手に取った発想を展開:「PEを利用してパーキンソン氏病(PA)を治療したら如何なものか」というものです。まさに「偽薬効果のパラドックス」です。
PAでは「手足の震え(震戦)」(tremor)、「無動」(akinesia)、「固縮」(rigidity)そして「構音障害」(dysarthria)が初期症状として発症、末期には「認知症」(cognitive impairment、 dementia、 senility)となり、最後に死に至ると考えられる運動失調性の「神経変性疾患」(neurodegerative disease)です。
脳内で運動系を司っているのは小脳、黒質、大脳基底核や視床など限定されており、「ドーパミン」(dopamine,DA)という化学神経伝達物質(chemical neurotransmitter)の機能低下が原因とされています。そこで治療法は、医薬品を投与して脳内のDA量を増やしてやるとか、脳内DA受容体を刺激してやる方法が臨床的には一般的に採用されています。
後者の代表的な医薬品として「アポモルフィン」(apomorphine,AP)があり、これを4日間連続ヒトに投与、5日目に「偽薬」を投与しても、視床での神経発火はAPを投与した時と同程度であり、臨床症状の改善もAPを投与した時と同じだったというのです。つまり、たとえPEが発現しなかったPA患者でもAPを数回投与さえすればPEが発現するようになり、AP投与回数を減らすことができるとその研究者は提唱しました。このようにすれば「医療費の削減」(health Care Cost Containment)にもなるのではないかと期待されています。脳の神経細胞はこのような神秘な機能をも有しているのです。じゃ~また。