新薬開発の四方山話(80):”Far-reaching Implications” って?

いきなり「英語の標題」:「なんとま~失礼千万な」と言われそうですね。が、覚悟のうえです。いつものTOBIRA・小出徹です。さてと~「implications」とは「意味、包含」を意味しますが、 問題は「far-reaching」の意味ですね。お分かりの方いらっしゃいますか?大いに想像して見てください。

実は良い単語で「遠大な、広範囲におよぶ」という意味です。そんな「褒め言葉」(good words、 testimonials)で飾られた英国University of Bristol研究者がNature Neuroscience 2017; DOI:10.1038/nn.4505に発表した論文を紹介いたします。”Editorial Comments” で「The findings will have far-reaching implications in many aspects of neuroscience」(今回の研究成果は神経科学の色々な側面において遠大な内容を包含している)と評されました。なお、扱う疾患は「認知機能障害」です。

コラム小出(80)-図1左図は「神経細胞」(neuronal cells)の模式図です。1個1個の神経細胞は比較的単純にできていますね。問題①:脳の中の神経細胞数は幾つでしょうか?ところで、1個の神経細胞は周りの神経細胞とコミュニケーションをしながら情報伝達をしています。この繋り部分を「シナプス」(synapses)と呼びます。問題②:1個の神経細胞は幾つのシナプスを有していると思いますか?問題③:では、脳内には幾つのシナプスがあると計算されますか?それでは順に回答をします。

回答①:約1000億個です。回答②:約1万個です。回答③:単純計算しますと1000億個 x 1万個=1015個ですね。(1ケタ2ケタ間違っているかな?)いずれにしましても天文学的な数字に達します。この機構により脳内神経細胞同士でコミュケーションしています。問題④:このシナプス伝達が何かの原因で少なくなり過ぎるたり、多くなり過ぎたりすると、どのような疾患に陥りますか?回答④:単純化して考えますと、前者の場合は「認知機能障害」(memory impairment,MI)で後者の場合は「痙攣」(epilepsy)です。以下ではMIについてのみ触れます。

「記憶」(memory)の研究モデルとしては、「海馬」(hippocampus)での「長期増強」(long term potentiation, LTP)や「小脳」(cerebellum)での「長期抑制」(long term depression, LTD)があります。LTPの担い手は「グルタミン酸」(glutamate,Glu.)です。Glu.受容体にはNMDA(N-methyl-d-glutamate)、AMPA(α-amino-3-hydroxy-5-methyl-4-isoxazolepropionic acid receptor)やKA(kainate,カイニン酸)などがありますが、この中でLTPにはNMDA受容体とAMPA受容体とが重要であると考えられてきました。これら二つの受容体はCa2+イオンを通過させますので「イオンチャネル型グルタミン酸受容体」(ionotropic Glu. receptor)と呼ばれています。ところが今回の実験成績から、「代謝型KA受容体」(metabotropic KA receptor)がLTPに関与していることが世界で初めて明らかになりました。この成績がどのような医学的な意義を有するかと申しますと、MIに対する治療法の幅が格段に広がる「きっかけ」(opportunity)を提供したことです。まだまだ基礎医学的な段階ではありますが、MI治療を目的とした新薬創製において大きな「糸口」(clues)を提供したこととなりますね。じゃ~また。