新薬開発の四方山話(44):初期のちょっとしたズレが生涯禍根を残す

生体は「神経系」(neural system)、「内分泌系」(endocrinological system)そして「免疫系」(immune system)という「精密なシステム」(precisely controlled system)によって「恒常性」(homeostasis)が維持されています。この「連携」(link、 coordination)が崩れ疾患が発症します。そこで、今回は「生命の発達過程」(developmental process of lives)における「初期のちょっとしたズレが生涯禍根を残す」と題して話を進めたいと思います。TOBIRAの小出徹です。では、始めますよ~。

赤ちゃんを身ごもってからは、どのお母さんも病気をしないように注意しなければなりません。とくに妊娠初期はウイルス感染症などに掛からないよう細心の注意を払いますね。今回は「サイトメガロウィルス」(cytomegalovirus, CMV)にお母さんが感染した場合を例に取り上げます(Science, 2016; DOI:10.1126/scienceaad8670)。お母さんが感染に注意しなければならない理由がここにあります。

「自閉症」(autism)や「統合失調症」(schizophrenia)などの精神疾患の病因については、精力的な研究が過去になされてきましたし現在も進行中です。上記研究者はマウスを使い「妊娠初期にCMVに感染すると自閉症になり、後期に感染症になると統合失調症になる」ことを実験的に証明しました。「では、この機序は?」という問いかけが次に当然来ますよね。そこで、この問いに答えたいと思います。

脳内には神経細胞とグリア細胞があることは既にお話ししました。グリア細胞のなかでミクログリアは、免疫担当細胞の一つであるマクロファージの特殊化された細胞群と考えられています。このミクログリアの遺伝子が正常に変異することにより、胎生期のような脳神経系ネットワークが盛んな発達過程において、余計な神経細胞を除去し、生き残った神経細胞のネットワークを強固にする機能を発現します。

ところが、母体がCMVに感染しますと、この遺伝子変異が正常とは違った時点で起こり、次の発達段階へ進んだとのことです。つまり、胎生期のミクログリアという免疫担当細胞の機能破綻が神経系の正常な発達を阻害し、ついには自閉症や統合失調症を引き起こすことを実験的に証明したこととなりますね。「初期のちょっとしたズレが生涯禍根を残す」の典型例と言えなくもありません。脳内免疫系と脳内神経系とは「脳の発達に同調する」(be synchronized with the brain development)ことが必須です。

コラム小出(44)図1 左図で明るい緑色に見えるのがミクログリアです。成熟したマウスの脳から得られた蛍光顕微鏡像。この成績について少し視点を変えて考えて見ましょう。 腸内にはたくさんの免疫担当細胞があることが知られています。ここには約500種類、100兆個、重さにして約1kgの腸内細菌(これを腸内細菌叢、腸内フローラ、マイクロバイオームと称す)が常駐しています。この腸内細菌がないとミクログリアの成熟が遅れる事が知られており、これにより胎生期脳の免疫不全が起こり、結果的に脳発達不全が起こると考えられています。この機構が解明されれば、母体の免疫系を守って、小児の発達障害をも抑え込むことが可能ですね。最後に一言:胎児期のように神経系発達段階では、要らない神経細胞には「死んでもらう」という「細胞死」(cell death)も極めて重要な生物過程です。