新薬開発の四方山話(53):自然科学での「どうして?」という疑問形

実際にあった話です。あるインフルエンザワクチン(I.V.)は、若いヒトでは「奏効率」(response rates)が70~90%と高かったものの、60歳以上のヒトに対しては17~53%にしか効かなかった。「どうして(in what way、 for what reason?)歳をとると効かなくなるのかな~」と思いませんか?

また、長い期間ある疾患の「治療剤」(therapeutic agents)に用いられてきた医薬品が、ある日突如として全く異なる疾患に適用された場合もあります。こんな時も「どうして?」と思いませんか?私はこの「どうして?」と素朴に疑問を感じ、その原因を探索しようという好奇心こそが「自然科学」(natural science)の「基本的な原理」(basic principle)ではないかと思っています。TOBIRAの小出徹です。

ご存じ無いかも知れませんが、韓国は永きに渡りインフルエンザ対策に多大なエネルギーをつぎ込んでいる国です。その有名な研究施設であるInstitute for Basic Science (IBS)から発表されたI.V.に関する最近の論文を紹介いたします(Scientific Reports、 2016; 6: 30842 DOI:10.1038/srep30842)。

血液には白血球、赤血球、血小板そして血漿が含まれています。「免疫」(immunology)に関与するのは白血球です。白血球はリンパ球(lymphocytes)、単球(monocytes)および顆粒球(granulocytes)に分類されます。リンパ球はさらにT細胞(T cells)、B細胞(B cells)とNK細胞(Natural killer cells)に分類され、NK細胞が「自然免疫」(natural immunity)に、T細胞とB細胞とが「獲得免疫」(acquired/adaptive immunity)の機能を担っています。今回は、このT細胞が登場(下左図参照)。

コラム小出(53)-図1機能的にT細胞は、抗原刺激を受けていない、新たなる感染物質にも対応可能な多様性を有する「ナイーブT細胞」(naïve T cells、 n.T)と、多様性は乏しいものの、過去に罹患した細菌などを攻撃できる「メモリーT細胞」(memory T cells)とがあります。思春期が始まるやいなやn.Tは消滅していき、宿主は新しい細菌などに感染しやすくなっていきます。この原因として「胸腺」(thymus)で生成される新しいT細胞が減少し、メモリーT細胞への変換も落ち込むものと考えられてきました。ところが、老化しても胸腺では、引き続きn.Tは低いレベルで生成されており、T細胞は寿命が非常に長いことも判明しました。一体n.Tが減少する原因は何なのでしょうか?結論から申し上げますとリンパ管にある「前駆細胞」(stromal cells)が減少することによりn.Tが生成されなくなる。つまり、老化によりリンパ管でのn.T生成環境が変化するというのです。I.V.の効果もn.Tに依存しますので、老化に伴って落ち込んだと解釈できるわけです。「自然科学の基本的な原理」が作動中。

二番目の話題です。「サリドマイド」(thalidomide)による新生児の四肢催奇形性のことを覚えておられる方も多いかと存じます。妊婦が、 この医薬品を「催眠剤」(hypnotics)として服用すると上記の障害を有した新生児が生まれてきたため製造中止に追い込まれました。ところが、これを光学分割すると催奇性が全くなくなり、ミエローマ治療特効薬として姿を変えて最近再登場しました。自然科学って面白い!