新薬開発の四方山話(59):正鵠を射た研究とは?

今回ご紹介する二つの論文は、どちらも英国から最近発表されたものです。一つ目はScotlandにあり Edinburgh大学と双璧をなすStrathclyde 大学からの発表。二つ目はEngland Cambridge大学から。如何にも「Great Britain的発想」の臨床研究です。「正鵠を射た世界的な研究」をじっくりご堪能下さい。

「脳卒中」(stroke)や「外傷性脳障害」(traumatic brain injury)で私たちの脳が冒されますと、すぐさま「脳内神経細胞が死滅」(brain neuronal cell death)します。この「死滅パターン」は大別して二種類あります。一つは「シナプス毒性」(synaptic toxicity、 ST)で、もう一つは「興奮性毒性」(excitotoxicity、 ET)です。STは超急性期に起こりますが、ETは罹患してから暫く時間を要します。

治療医学的にはSTを救うことは極めて困難ですが、ETは理論的には可能です。しかしながら、ET治療については多くの基礎医学的な研究にも係わらず、これと言った治療法はありません。そこでメスをいれたのが今回の論文です。さて、STもETもどちらも「グルタミン酸」(glutamate)が原因物質です。

「海馬スライス」(hippocampal slices)を用い、彼らは電気生理学的解析しSTとETとに分離することに成功しました(ETは「伝搬性毒性」(spreading toxicity)とも言います)。ET治療はSTが起こったら可及的速やかに、「防御シグナル」(protective signals)を脳内で誘導させれば良いと想定しました。

通常、脳は侵襲に対して24時間後以内には防御機構が作動します。でも、超急性期で24時間も待てませんね。では、どのようにするか?その回答は;STは脳内GluN2B受容体(グルタミン酸受容体の一種)を介して起こります。これに対しST後の脳に防御的に作動する神経系は、GluN2A依存性のグルタミン酸神経系です。生来から存在する神経系ネットワークを利用すれば、STとETを抑制することができることを証明しました。STは本来脳に対してtoxicですが、逆に、この刺激で防御系の神経系ネットワークを誘導できました。睡眠導入剤のベンゾジアゼピンに「防御的作用がある」ことも初めて報告しました。

コラム小出(59)-図1次なる論文です。一般的に「コレステロール低下剤」(cholesterol lowering agents)は「低比重リポプロテイン」(LDL-cholesterol、 LDL-C)を低下させ、「冠動脈疾患」(coronary artery disease、 CD)を低減することが知られているため頻繁に処方されています。一旦服用を始めたら長期間に渡って用いられます。果たして良い作用ばかりなのでしょうか?ここに着眼したのがCambridge大学の医学研究者でした。

結論から申し上げますと、「LDL-C低下剤は、CDには確かに有効だが、ある種の遺伝子を有するヒトに対しては‘新たなる2型糖尿病を発症する’(new-onset type 2 diabetes)危険性が増す」というものでした。「え~勘弁してよ。コレステロールを下げる作用だけじゃないの?」と言いたくなるような臨床成績です。私たちも注意しなければなりません。
「LDL-C低下剤」といっても、世の中には沢山の作用機序の医薬品が処方されていますので、作用機序に特異的なのか、それとも「LDL-C低下作用」に共通な現象なのか、目下臨床研究が進行中だそうです。二つの研究に共通している「発想の源泉」は「正鵠を射た研究とは?」と自問自答する姿勢でしょう。