新薬開発の四方山話(74):ETとERは似て非なるもの

むかし映画で「一世を風靡した」(take the world by storm)単語「ET」。これに対し、テレビドラマでは「ER」という単語が画面を賑わせていました。ご記憶でしょうか?「ETとERは似て非なるもの」です。前者は「extraterrestrial」で「地球外生命体・宇宙人」を意味し、後者は「emergency room」で「救急治療室」を意味します。今回は、この「ER」に関する話題をお話ししたいと思います。小出徹です。

私は若い頃スウェーデンに住んでいました。スウェーデンは医療環境が「世界に冠たる国」(world-acclaimed country)です。とくに「救急医療体制」(emergency care system)は秀でています。「救急車」(ambulance)には必ず医師(おもに「麻酔科医」)(anesthesiologists)が同乗し、「救急蘇生」(emergency resuscitation)を施します。日本では医師が同乗することは、ほぼないですよね?

そこで質問:これら救急医を悩まし「有効な治療法がない」(no effective therapy exists)疾患といったら何でしょう?回答:「敗血症」(sepsis)です。この疾患名を聞いたことがありましたか?「敗血症」は制御不可能な「感染」(infection)によって引き起こされ、世界で年間約2、700万人が罹患、800万人が死亡する(2016年現在)と言われています。左下図に「敗血症」の経過分類をしめしました。

コラム小出(74)-図1第一段階「SIRS」とは「全身性炎症反応症候群」(systemic inflammatory response syndrome)です。続いて感染症に伴った「sepsis」、 その後「severe sepsis」で 臓器不全(organ failure)や組織低潅流圧(tissue hypoperfusion)が起こります。最終段階が「Septic shock」となります。病態像をご理解頂けましたか?重症性細菌感染症が進行して起こります。

治療法としては抗生剤の投与、輸液、血圧上昇剤の投与、呼吸管理やステロイド剤の投与が実施されています。とくに敗血症に脆弱な肺、脳、肝臓、腎臓および心臓の機能不全に陥らないよう、患者の全身管理に最大の注意を払う必要があります。敗血症の新治療法に関し米国Mao Clinicの研究者がMol. Psychiatry (2017) に発表した報告をご紹介いたします。

発想:彼らは (1) 敗血症とは免疫系が異常に活性化されている、  (2) 脳神経系を敗血症から如何にして守るか、 の二点に力点をおき研究を進めました。結果:(1) 脳内には100以上の「サイトカイン」(cytokines)が存在しますが、その中で敗血症の進展に伴い最も上昇したのが「lipocalin-2」でした。(2)そこで「lipocalin-2」生成遺伝子をマウス脳内から除去し、実験的に敗血症を惹起したところ、対照群より極めて高い「炎症促進性タンパク質」(pro-inflammatory proteins)が脳内で生成され、行動学的にも顕著な悪化が認められた。また、(3) その後の遺伝学的な研究から「lipocalin-2」は様々な経路において「抗炎症作用」(anti-inflammatory pathways)を制御していることも判明したそうです。結論:そもそも「lipocalin-2」は「神経毒を有する分子」(neurotoxic molecule)として知られていましたが、敗血症においては防御的に作用することが判明。今後の予定:今後は(1) 敗血症マーカーに用いる、(2) 脳内lipocalin-2濃度を高める化合物を探索し、敗血症による認知機能障害を治療したいとのこと。じゃ~また。