新薬開発の四方山話(30):発想の転換が世界を制す

「なんでも結果さえ良ければO.K.」を「実用主義」あるいは「実際主義」といいドイツ語の「pragmatish」に由来した言葉で「プラグラティズム」(pragmatism)と称します。「プラグラティズム」は源泉である「ドイツ観念論」(German Idealism)とは一線を画した「アメリカ哲学」のことです。さて、これと表題と如何なる関連性があるとお考えでしょうか? この疑問を念頭におきながら話を進めたいと思います。

脳の生理学的な機能維持においては、「脳の神経細胞の結合」(neural connectivity、 NR)が重要なのは「自明の理」(a self-evident truth、 a truism)です。しかし、例えば運悪く一旦脳卒中に陥った場合には「記憶の座」(memory-dweller)の「海馬」(hippocampus)の神経細胞は部分的に確実に死に絶えます。一般的には3分以上、脳への血流が途絶えると何らかの障害が生じると言われています。死滅してしまった神経細胞はもう救うことはできませんので「諦める」しかありません。そこで最初の質問:「障害が他の脳の部位に拡散しないようにする手段は何だと思いますか?」さあ~、一生懸命考えて下さい。

回答:障害を拡散しないようにするには「NRを断ち切る」ことです。生理学的な状況では重要なNRですが、病的状況下ではNRはかえって「災いの元」となります。障害を他の脳の部位に広めてしまうからです。そこで一部の脳の神経細胞に死んで頂き、障害をその部位にのみ「閉じ込めて」(containment)しまうとも考えられなくもないですね。お分かりでしょうか?これを「発想の転換」と言います。

なんとも「プラグラティズム」的な世界観でしょう。「なんでも結果さえ良ければO.K.」そのものですね。つまり「神経細胞の死滅」というネガティブな発想から「転んでもただでは起きない」というポジィティブな発想への転換です。標題の「発想の転換が世界を制す」そのものです。

次の質問です:たとえば膵癌や糖尿病などのように、病気の原因が深い臓器にある場合(実は膵臓ですが)、どのような発想で治療法などを考案するための研究を進めていけば宜しいでしょうか?考えて。

ところで、かの有名なカロリンスカ研究所(スウェーデン)医学研究所に所属している研究者がいます。彼らは永年糖尿病の研究を分子生物学的に実施しています。マイアミ大学医学部とも共同研究しています。彼らはII型糖尿病患者に頻繁に処方されているリラグルチド(liraglutide、 表品名victoza)、グルカゴン様ペプチド-1の誘導体、を長期間注射していると、かえって膵臓を破壊してしまい、インスリンが放出されなくなることを世界で初めて報告しました(写真はこの論文のまとめ役;Per-Olof Berggrenカロリンスカ内分泌学教授)。

コラム小出(30)図1

インスリンは膵臓から分泌され、血糖降下作用があることは既に触れましたね。ですので、リラグルチドは最初のうちは糖尿病に効いているのですが、長いこと経つと逆に効かなくなる訳です。どのような実験系でこの事実を発見したのでしょうか?なんと、なんと、ヒトのインスリン生産細胞(膵臓ランゲルハンスβ細胞)を眼球の前房水(anterior chamber)に移植したヒト化マウスを用いて証明したのです。凄い「発想の転換」だと思いませんか?リラグルチドを毎日点眼して有害作用を発見するなんて!さすがにスウェーデン研究者ですね。じゃ~また。