「吾輩はハエである。名前はまだ無い。どこで生れたかと検討がつかぬ。何でも薄暗いじめじめした所でブンブンと飛んでいた事だけは記憶している。吾輩はここで始めて人間というものを見た。」とある明治の文豪は有名な小説を書き出しました。発表されてから永い月日が流れても未だ愛されています。
今回の標題「吾輩はハエである」には、皆さま度肝を抜いてしまったかも知れませんね。さてと話を変えます。ハエ、カエル、カタツムリ、グッピー、ザリガニ、平家ガニ、シー・エレガンスそしてゼーブラフィッシュと思いつくまま列記しましたが、一体これら動物の共通点は何だと思いますか?
そうなのです。これらの動物たちの共通点は、医薬品開発に今でも使用されている「可愛い輩」(cute mates)なのです。なぜって?これらの「輩」は、哺乳類の実験動物よりも飼育が簡単で、扱いやすく、廉価で、かつ個別機能が哺乳類と比較し単純ですので、医薬品の作用を解明しやすいという利点があります。例えば、実験にサルを使う場合には、少なくとも2~3人で取り組まなければなりませんが、これらの「輩」を使えば一人で充分という利点があります。え~お元気ですか?TOBIRAの小出徹です。今回はハエを使った医薬品の研究についてご紹介いたします。では始めます。頑張ってついて来て下さいね。
「ショウジョウバエ」(fruit flies)(下図)は「遺伝子操作」(gene manipulation)を施す研究に汎用されます。今回ご紹介する研究も「パーキンソン病」(Parkinson’s Disease、 PD)の病因ならびに治療法の確立を目指し、 PDの原因遺伝子と考えられている「pink1」と「parkin」の「変異種」(mutants)で操作したショウジョウバエを用いて研究が実施されました。なお、ヒトの病因遺伝子の75%がショウジョウバエでも発現されています。驚きですよね!ヒトもハエも遺伝子レベルになると「大差なし」です。
「細胞内小器官」(cell organella)の一つである「ミトコンドリア」(mitochondria)はエネルギー生産の場所であり、生命が生きていくためになくてはならない細胞内小器官です。この機能が低下してPDが発症すると従来から考えられてきました。この仮説に対し「そうではなく他の細胞内小器官である「小胞体」(endoplasmic reticulum、 ER)の「ストレス」(ER stress)が原因であるとイギリスの研究者たちが反証を試みました(Cell Death and Disease、 June 2016 DOI:10.1038/cddis.2016.173)。この研究者たちは、「pink1」と「parkin」の「変異種」(mutant)で操作したショウジョウバエは、していないハエに比べ (1)「ER stress」が量的に非常に多く、(2) 「mitofusin」というミトコンドリアとERとを結合するタンパク質が増加し、(3) 障害を受けたミトコンドリアが分解されにくくなり、(4) ドーパミン(DA)神経系が障害を受け、(5) 「mitofusin」の量を減らしたところ、 DA細胞数が増え、(6) ミトコンドリアは障害を受けたままだが筋力が回復した。さらに(7) ストレス反応の前兆である「異常たんぱく質」(unfolded/misfolded protein)が増えていたことから、ER stressが原因であると推論した。これらの成績を総合的に考慮し、(8) mitofusin量を減らすばかりではなく、ER stressをも抑制する物質が新規のPD治療剤になると結論した。
どうです?ハエも医薬品創製の担い手であることが理解頂けましたか?