新薬開発の四方山話(3):「やる気」があると交通事故のあとの手足の回復が早くなる?

突然に専門的なお話で恐縮ですが,脳のなかには「嫌な想い出や恐怖を記憶する」部位と「歓びややる気を起こさせる」部位とが,それぞれ別々に存在しています。ちなみに神経解剖学的には,それぞれ扁桃体(へんとうたい)と側坐核(そくざかく)と呼ばれています(図1 & 2)。

たとえば,どんなにボケたヒト(図1の海馬(かいば)という記憶形成に重要な部位の神経細胞が死滅している)でも,火事現場から咄嗟に逃げ出すことができるのは,扁桃体の神経細胞が障害を受けていないからです。じゃ~,いったい側坐核ってどんな働きをしているのでしょうか?

この質問に関しまして,米国NIH (National Institute of Health) の日本人研究者が最近発表した論文(Science 350: 98-101, 2015)によりますと,側坐核がどうも「やる気(motivation)」を出させていることは確かなようで,この「やる気」によって「リハビリの効果」が上がるようなのです。少しばかり詳しい内容を以下に述べます。

脊髄損傷(spinal cord injury)は,交通事故や庭の枝を剪定している時に,うっかり梯子から落ちたりすると発症する外傷性疾患です。脊髄の損傷した部位によって,手や足が動かなくなったりします。今ではこの損傷をiPSなどの細胞を移植して治療しようという試みもなされようとしています。大切なことは,できるだけ早いうちからリハビリをして,手足が円滑に動けるようにすることです。      ところで,側坐核は手の動きに直接影響を及ぼしませんが,サル脊髄損傷モデルを使った今回の研究から,側坐核は運動能を司っている感覚運動皮質に神経を伸ばしていることが初めて明らかになりました。つまり,側坐核が刺激されますと「やる気」が起こり,その結果,感覚運動皮質の神経活動が上昇し,この皮質を介した手の運動能力が上昇することが分かりました。

逆に側坐核の活動を一時的に抑えますと,感覚運動皮質での活動が減弱してしまい,脊髄損傷の初期から実施したリハビリでうまく動くようになった手の器用さも消失してしまったとのことです。      「病も気から」とも言います。この表現,案外真理を突いているかもしれませんね。勉強にしても,研究にしても「やる気」を起こさせれば,効果が上がるかも知れませんね。

換言すれば,側坐核の活動を活性化する医薬品があれば「やる気」を起こさせ,色々な場面で汎用されるのかも知れません。じゃ~またコラムでお会いしましょう。TOBIRA専務理事・小出徹でした。

図1 扁桃体・海馬の位置(Wikipediaから抜粋)

コラム小出(3)-図1

図2 側坐核の位置 (Wikipediaから抜粋)

コラム小出(3)-図2